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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第五章 和気藹々(5)


 気味が悪いとはっきり言っているのに、尾形は尚あっさりと恐ろしいことを言う。

 『念友』という語句を用いるあたり、伊織が女子だとは気付いていないようだが。

「まだも何も、私と佐々木さんが念友になることは一生ありませんって」

「そうなのか? 罪作りだな、お前」

「人聞きの悪いことを言わんでください」

 尾形の揶揄にむすっと眉を顰めると、尾形の表情に初めて変化が表れた。

 苦笑を浮かべた尾形は、少なくともさっきまでの無表情より親しみ易い。

「悪い、冗談だ。そう拗ねるなよ」

「まったく。どういう人なんですか、あなたは!」

 尾形は一拍置いて、再び真顔になる。

「暫くは基本的に俺と行動することになる。だから女装も当面お預けだ。その間に佐々木さんの熱も引くだろうよ」

 伊織が言葉を返す前に、尾形は続ける。

「ま、剣の稽古はしっかりつけてもらえ。何しろあれでいて小太刀日本一と言われる男だからな」

「あ、それ知ってます! でも何だかがっかりしましたよ。ああいう人だったとは……」

「まあ、そう言わずに、しっかり学ぶことだ」


     ***


 翌早朝、伊織は土方よりも早くに起床し、まずは顔を洗いに庭の井戸へ足を運んだ。

「─────!?」

 井戸の前まで来て、伊織は我が目を疑った。

 互いの背に背を預けつつ、井戸にもたれかかって眠りこける、見廻組の二人。

「……何なの、この二人……」

 呆気にとられ、思わず声に出して呟いた。

 その伊織の声で、佐々木が気だるそうに目を覚ます。

「うー……伊織、もう少し優しく起こしてはくれぬか……」

 宙を泳ぐようにして、佐々木の手が伊織の袴に伸びた。

 唖然として思考の止まりかけていた伊織は、迂闊にもその手に気付かず、次の瞬間凄い力で袴ごと引っ張られてしまった。

「うおわぁッ!!」

 引っ張られたかと思うと、今度は地に膝を着いた伊織に、佐々木が前のめりになって寄りかかる。

「重ッ!! ちょっと! こんなところで一晩寝てたんですか!?」

 伊織は、まだ半分夢の中の佐々木を必死で支える。

「伊織……。私を抱い……」

 その刹那、伊織の腕力が限界を超越した。

 自分よりもずっと大きな佐々木の身体を容赦なく突き飛ばす。

「永眠してしまえ!!」

 井戸を諦め、伊織は本能の命ずるままに副長室へと取って返した。


     ***


「土方さんッ!!!」

 思い切りよく障子戸を引き開けたため、戸は数寸柱から跳ね返る。

 その騒々しさに、土方は不機嫌極まりないといった様子で目を覚ました。

「っるせえな……何だよ」

「何だよじゃないですよ! どうして昨日のうちに佐々木さんと蒔田さん帰さなかったんですか!!?」

「あー?」

 やはり鬱陶しそうに上体を起こす土方の傍に寄り、伊織は益々声を荒げる。

「あの二人、井戸で寝てたんですよ、井戸で!!」

「いいじゃねえか。井戸ぐれぇ貸してやれ」

「良かないですよ! 危うく襲われるとこだったんですから!」

 怒り心頭でまくし立てる伊織に、土方も寝起きのやや掠れた声で怒鳴り返す。

「仕方ねぇだろ! 俺だって昨日、おめぇのとばっちりで佐々木に食われかけたんだぞ!!?」

「だったら抱いてあげれば良かったのに!」

「馬鹿かてめぇは!! そんなに嫌なら井戸に投げ入れて来い!」

「嫌ですよ! 井戸が使えなくなっちゃうじゃないですか!!」

「やあ、賑やかだねぇ」

 激しい口論を繰り広げる伊織と土方に、第三者がほのぼのとした声をかけた。

 山南である。

 昨夜は原田のせいで結構酒が進んでいたはずなのに、今はそれを全く予想させない清々しい顔だ。

「あっ、山南さん! おはようございます」

 伊織は咄嗟に山南へ向き合うと、笑顔で挨拶する。

 元は山南が招いた要らぬ客人を巡る悶着だが、山南本人に悪気のないことを知っているため、何も文句は言えなかった。


 

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