第五章 和気藹々(4)
「伊織。当分の間は、尾形君の下についてもらう。単独行動は厳禁だ。異存はねえな」
「尾形さんの下に?」
「本格的な監察の見習いだ」
「やっぱり、やるんですか。監察……」
監察方になれば、当然のことながら重大な責任がついてまわることになる。
それが自分には少し不釣り合いに思えて、伊織にはあまり気の進むものではなかった。
その背を後押しするように、土方は言う。
「おめぇにしか出来ねぇこともある。それにな、俺の小姓やるだけで、タダ飯が食えると思うな」
この一言には異を唱えることなど出来るはずもなく、伊織は神妙に土方に従う姿勢を見せた。
「ともかく、ある程度の働きが見込めるようになるまで……、尾形君。こいつは君に任せる。頼んだぞ」
「わかっています」
「ただ、先の約束もある。剣だけは佐々木のところに習いに行かせる」
伊織はがっくりと肩を落とした。
監察見習いと平行して土方の小姓も勤め、なお剣の稽古も受けねばならない。
大忙しになるであろう今後を思うと、つい溜め息の一つも吐きたくなる。
「嫌なら佐々木に売ってやってもいいが……?」
土方に足下を見られ、伊織は慌てて姿勢を正す。
「嫌だなんてとんでもない! 頑張って勤めさせていただきます!」
伊織のこの返答に、土方は満足げに口元を弛め、ただ一度頷いて見せた。
伊織は尾形に向き直り、その双眸にぴたりと視線を合わせると、深く座礼した。
「よろしくご指導の程、お願いします」
「……よろしく」
あまり愛想が良いとは言えない尾形であったが、土方の信任あってまず間違いはない人物のようだ。
(とりあえず、仲良くなろう……)
と、伊織は思う。
感情を臆面にも出そうとしない尾形に一抹の不安を抱きながらも、伊織は新選組の一員としての覚悟を新たにするのであった。
そこでふと、歓迎会のその後が脳裏を掠めた。
土方の言うように今頃は大人しくなっていれば良いが、そうでなければ一体誰があの呑んだくれたちを撤収させるのか。
「……土方さん」
伊織は土方の顔を窺う。
土方も呼応して伊織の目を見た。
「庭の酔っぱらい、どうにかなりませんか……」
申し訳なさそうにこぼした伊織から目をそらし、土方は不快そうに舌打ちする。
「ったく。仕方ねえな」
土方は嫌々ながらも立ち上がり、伊織と尾形の二人を残して庭へと出ていった。
土方が副長室を出た後も、二人は暫く口を聞くこともなく、気まずい雰囲気の中にいた。
(何を話せばいいんだろう……この空気、嫌だな)
伊織とは目も合わせず鎮座する尾形の様子は、どことなく話しかけ難い。
かと言って尾形は副長室を退室する気配もなく、目を伏せたまま座り続けている。
「………高宮。で、いいか?」
「えっ、はい。……って、は?」
突然沈黙を破った尾形の問いに、伊織は軽く狼狽える。
「呼び方のことだ。姓で呼んだほうが良いのか、それとも副長のように伊織と呼んだほうが良いのか……」
「あ、あぁ……。いえ、お好きなほうでどうぞ?」
「じゃあ、高宮と呼ばせてもらうかな」
「はぁ」
初対面で若干身構えているせいもあるのかもしれないが、どうも尾形相手だと調子が狂ってしまう。
だが、今後は師となる人物だ。
会話くらい普通に出来なくては。
「……えーと、土方さん遅いですね。ちょっと様子を見に行きませんか?」
「今顔を出せば、今度こそ佐々木さんに食われるぞ? 来てるんだろう?」
「ええ、来てますよ……って! 気味の悪いを言わないでくださいよ!?」
表情を変えずにさらりと言われたため、伊織もうっかり聞き流してしまうところであった。
「女装したお前に惚れて熱を上げているらしいが、まだ念友にはなってないのか?」