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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第五章 和気藹々(3)


 質問の答えになっていない上に、もはや会話にもなっていないのだから。

「聞いているのか、伊織。私を無視しないでくれ」

「うわ、ちょっと! 額でぐりぐりするのはやめてください!!」

 伊織の肩に額を擦りつけるように甘える佐々木も、相当に酒が入っている。

 そこへ、今まで一人で酒を呑んでいた斎藤が、颯爽とこちらへ向かってきた。

 そして、伊織の真横でぴたりと足を止めると、目だけを動かしてこちらを見る。

「───プッ。クスッ」

 それだけで斎藤は横を通り抜け、一人で屯所の中へ入って行ってしまった。

(斎藤さん!?)

 唖然とする伊織。

「あっはははははっ!! みなさん面白いですねーぇ!!」

「平助! 俺ら、まだまだ呑みが甘いぜ!」

「さささ、永倉さん! どうぞもう一献!」

「伊織ィ! 私を抱いてくれ!!」

「ヒィッ!! 蒔田さんッ、これ、早く持って帰ってください!!!」

「そう言わずに、佐々木を抱いてやってくれ……。可哀想な奴なんだ。このままでは浮かばれぬ……」

「佐々木さんは生きてますよ!!」

 もはや収集はつかなくなっていた。

 今夜の主役は自分であるはずなのに、と伊織はどことなく切なさまで覚える。

 この中に、まともに話が出来る者など一人もいない。

 そこで伊織は絡みつく佐々木を押し退けて、さっと立ち上がった。

「土方さんを呼んできます!」

 この事態を収拾できるのは、もう土方しかいない。

 土方の顔を見れば、皆も少しはしゃきっとするだろう。

「伊織が私を苛めた!! 蒔田っ、伊織が……!」

 伊織に突き放された佐々木は蒔田の腕にしがみつき、ごちゃごちゃと嘆き始める。

 それを蒔田はもちろん、山南や原田も一緒になって佐々木を慰め出し、伊織の佐々木に対する仕打ちを避難し出した。

「高宮君、一度くらい抱いてあげればいいじゃないか……」

「おらおら元気出せよ~、佐々木さんよォ! 何なら俺が抱いてやろうか?」

「伊織! 佐々木の最期の願いだ!! 叶えてやっては貰えまいか!!?」

「だから佐々木さんは生きてるでしょうが!! 当分死にゃあしませんよ!」

 群がるへべれけの波をかき分けて、伊織は屯所の中へと駆け込んだ。

 急ぎ足で玄関を上がったところで、伊織は正面から人とぶつかってしまった。

「ふぎゃッ!!?」

 鼻を思い切りよくぶつけてしまい、反射的に手で押さえ、目の前に立ちはだかる障害物を見上げる。

「話がある。部屋に戻れ」

 土方だった。

 夜の帷の効果も手伝って、その声はいつにも増して単調に聞こえた。

「あっ、ハイ。……でも、あのう、みんなすごく酔ってて……」

「放って置け。もう大人しくなるだろ」

 土方はあっさりと伊織の報告を受け流し、さっと身を翻すと、奥へと戻り始めてしまった。

 何かいつもと様子の違う土方に、伊織は庭の酔いどれたちを気にしつつ、その後に続いた。


     ***


 暗い廊下を黙って副長室まで歩み戻り、伊織は土方に言われるまま部屋に入った。

 明かり取りの灯で薄ぼんやりと照らされる室内に、見たこともない若い男の姿があった。

(誰だろう……)

 首を傾げたものの、その疑問を口にする間もなく、土方が男の名を呼ぶ。

「尾形君、こいつがさっき話した伊織だ」

(──尾形?)

 無表情に伊織と目を合わせた尾形は、軽い挨拶程度に会釈すると、再び土方に目を向ける。

 伊織は吸い寄せられるように尾形の正面に座り、恐る恐る尾形に話しかける。

「尾形俊太郎さん?」

 すると、それまで表情のなかった尾形の顔色が、やや驚きを示した。

 やはり言葉はなかったが、それに代わって土方が口を開く。

「よく知ってたな。まったく、おめぇにゃ驚かされる」

 感嘆を押し隠したような呆れ顔で言い、土方もどっかりと腰を据えた。


 

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