第四章 二者択一(7)
「それじゃあ、そろそろ行ってきますね」
もうもてなしも済んだ頃だろうと見て、伊織は膝を立てた。
「ああ、佐々木様と蒔田様によろしく頼むよ」
山南は笑って片手を軽く挙げたが、沖田は意味ありげに伊織を見、
「このまま真っ直ぐ、佐々木さんに会いに行くんですか?」
と問う。
「はい、このまま行きます」
伊織がにっこり返すと、沖田も微笑んで軽く頷いた。
それだけで、沖田には伊織の答えが充分に判ったのだった。
***
局長室では、近藤、土方、佐々木、蒔田の四人がすでに待ちかねていた。
伊織がそこに現れると、四人は一様に言葉を失くした。
「お呼び立てしておきながら、お待たせして申し訳ありませんでした」
男装姿のままで、伊織は居並ぶ顔触れを眺める。
「男装?」
佐々木が譫言のように呟いた。
その直後、近藤が険しい顔で伊織に確認する。
「それが君の選択か? 高宮君」
「はい。女子の道は捨てます」
真っ直ぐ近藤を見返して言ってから、土方の顔を窺った。
土方ときちんと目を合わせたのは、随分久しぶりなことのようだった。
「一度信じたものは、最後まで信じ通そうと思います」
真剣な視線が絡み合うこと暫し、先に折れたのは土方のほうだった。
ふっと笑って目をそらし、
「好きにしろ」
と一言。
そこでやっと伊織も笑った。
近藤も、そんな二人の様子に呆れたように息を吐き、伊織を見る。
「君がそう言うのなら、もう特別扱いはしないぞ。新選組にいる以上、他の隊士と同等の扱いをするが、いいんだね?」
言葉は厳しいが、その顔は穏やかなものだ。
伊織はそれに大きく頷き、同意する。
その横で、佐々木と蒔田がコソコソと諍いを起こしていることに三人は気付いた。
「蒔田、お主、伊織に何か良からぬことを吹き込んだのではあるまいな!?」
「な、何を言うか! 私はお主の惚れた晴れたの話など、少しもバラしてはおらんぞ!」
「やはり!! 昼間コソコソしておったのは、それか!!!」
「いやいや、すまぬ! ちっとも話した!!」
蒔田の懐に掴みかかる佐々木の怒りは、傍目にも凄まじいものであった。
初めこそ声を抑えていた言い合いも次第に激化し、人目も憚らぬ口論となる。
「蒔田!! 伊織が土方を選んだのはお主のせいだぞ!? どう責任を取ってくれるのだ!!」
「馬鹿を言うでない! 伊織はお主の気持ちを知って尚、土方君を選んだのだ! 責任も何も、単にお主の失恋ではないか!!」
「しッ、失恋と言うな!!! 切なくなるではないかっっ!!」
「唾を飛ばすな! 汚い!」
近藤が見るに見かねて仲裁に入ろうとするが、口論のあまりの激しさに口を挟む隙など無く、ただ見守るに留まった。
「高宮君、一体何があったんだ……」
困り果てて伊織に話を振るが、佐々木の豹変ぶりに伊織もまた放心状態であった。
『一見ちょっと変な人だけど、実はすごく変な人』という沖田の見解は、見事に的中していたのである。
「土方さん、やっぱり土方さんを選んでいて正解でした……」
「……だろうな」
呆気に取られながら、伊織と土方は初めて目の当たりにする佐々木の本性に圧倒されていた。
その後、収まりの効かない佐々木をどうにか宥めるため、近藤は苦肉の策として佐々木に伊織の剣術指南役を提案、依頼したのだった。
もちろん、嫌がる伊織を無理矢理説得し、これが近藤の伊織への最初の局長命令となるのであった。
【第四章 二者択一】終
第五章へ続く




