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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第四章 二者択一(6)


 着替えを済ませて衝立から出ると、伊織は土方の背に再度局長を訪ねる旨を伝え、副長室を後にした。

 障子戸を閉める寸前、土方がちらりとこちらを見たのがわかったが、敢えて振り返らなかった。

 局長室はすぐ隣にある。

 少し大きな声を出せば、土方の耳にも届くかもしれないが、今は雨音もあるため、声は漏れても内容までは聞き取れないだろう。

「局長、高宮です」

 戸を開ける前に、中の近藤に声をかける。

 すると中から了承の答えが返り、伊織は局長室の中へと足を踏み入れた。

「やあ、雨に濡れはしなかったかね?」

 近藤の温厚な笑顔が迎え入れた。

 今朝の一件などまるで気にした風もなく見えるが、それに甘えてうやむやに流すことは出来ない。

 伊織はその場に正座し、近藤に向かって頭を下げた。

「今朝は、申し訳ありませんでした」

 詫びた後も、そのままの姿勢を保つ。

「いや、それはいいさ。俺も少しきつい言い方をしたからなぁ。で、それより、どうだった?」

 近藤はあっさり水に流し、報告の方を急かした。そちらの方が近藤には気になるところなのだろう。

 伊織は顔を上げ、真顔で近藤の目を見つめた。

 近藤の柔和な表情につられて目元が弛みそうになるが、気を引き締め直してそれを堪える。

「そのことなのですが、早々にも佐々木様へお返事をしたいと思います」

 伊織が言うと、近藤が少し大袈裟なくらい驚いてみせた。

「もう、君の答えは出ているのか?」

「はい」

「そうか、だったら今夜にでもどうだろう?」

 心なしか満足げな表情だ。

 多分ではあるが、近藤の予想している結果がどちらであるか、想像はつく。

「……で、どうするんだ?」

 うずうずと答えを聞きたがる。

 心が決まったと判れば、次に結論を聞きたくなるのは当然の流れだ。

 だが、伊織はまだ誰にも話すつもりはなかった。

「それは、今夜の席でお話したいと思います」

「俺にもまだ教えてくれんのか?」

 近藤が残念そうに眉を寄せたが、それでも伊織は決意を明かさなかった。

「局長には特に、皆さんの前でお話したいので」

「……わかった。それじゃあ早速、佐々木殿をお呼びするが、いいかね?」

「お願いします」


     ***


 雨は夜になっても止まなかった。

 だが、近藤の招きに応じて、佐々木は蒔田と連れ立って壬生村にまで足を運んできたのだった。

 伊織は出迎えはせず、山南の部屋にいた。

 室内には総長の山南と伊織、そして沖田の姿。

 降り続く雨のせいでジメジメと厭な空気だが、三者は顔をつき合わせて談笑していた。

「せっかく山南さんが歓迎会を開いてくださるというのに、本当にすみません」

「いや、いいよ。こっちも内緒にしていたからね」

 おっとりと肉付きの良い顔を優しく弛めて山南が言う。

 話は沖田から婉曲して伝わり、山南もそれを理解してくれているようだった。

「来て早々、見廻組に移る話があったなんて、ちっとも知らなかったな」

「そうなんですよ! 私も今日知ったばかりなんですから!」

「ははは……、すみません」

 申し訳なさそうに首を掻くと、山南も沖田も同様に伊織の非を否定してくれた。

「彼らのことだ、話が決まるまでは黙っているように言われたんだろう?」

「高宮さんが謝ることないですよ。でも気を付けてくださいよ? 佐々木さんって、一見ちょっと変な人ですけど、実はすごく変な人ですから!!」

 のほほんとしているようでいて、やはり二人はいろいろと見抜いている。

 だが、伊織はこの二人にも選択の結果は伏せていた。

 打ち明けて、その結論についてとやかく言う二人ではないと思ってはいる。

 それでも、もし何か言われようものなら、それが自分一人で出した答えではなくなってしまうような気がしたのだ。


 

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