第四章 二者択一(5)
「そ、そうなんですか……。ありがとうございます……」
「そうですよー。主催はなんと山南さんです」
「えっ!! 山南さんが!?」
山南敬助、新選組総長の立場にある人で、江戸の試衛館時代からの古参だ。
その人がよもや自分のための歓迎会を開いてくれようなど、思いもしなかった。
だから嬉しいよりも驚きが先に立つ。
「あ、でも念を押しておきますが、女子であることは絶対秘密ですよ? 山南さんが知ったら、絶対佐々木さんに引き渡すことに賛成されちゃいますから」
「はぁ、そうですね」
栗色の馬の背に揺られて屯所へと戻る伊織の中に、佐々木の助言が繰り返される。
主を選ぶ。
どちらにしても、今の自分には主の庇護を受けてしか生きる道はない。
一人で生きて行くには、伊織は右も左も知らなさすぎた。
それこそ、遊郭に身を売らずに済んでいるだけ、恵まれているのかもしれない。
空は徐々に灰色の雲で覆われ始めていた。
***
壬生の屯所に着くと同時に、曇天からぱらぱらと雨が落ち始めた。
「さて、それじゃあ今夜、準備が出来次第私が迎えに行きますから」
先に馬から降りた沖田が伊織の手を取る。
その介添えを受けてやっと地に足をつけた伊織は、さっさと馬を引いていこうとする沖田の背を呼び止めた。
「あの! 沖田さん!」
「……何か?」
首だけで振り返り、伊織と目を合わせる。
「私、今度はちゃんと自分の意志で決めますから!」
「…………」
「女でいるか、男になるのか!」
真剣に言った。
沖田が迎えに来てくれたのは、これで二度目。
助けてくれる、守ってくれるからと言って、自分に都合の良い方を選ぶことは簡単だ。
より近くに差し伸べられた手を掴むことも、造作無い。
近藤も土方も佐々木も、命令すればいとも手易く伊織の処遇を決めることが出来る。
なのに、それをしなかったのは何故か。
そのことが、今になってようやく伊織にも理解出来た。
雨足は強さを増し、沖田や伊織の体にも不規則に打ちつける。
「自分で決めます。後に二言は付けません」
自分でも不思議になるくらい、力の入った言葉だった。
選ぶことの意義はここにある、と伊織は思う。
生きる道を自身で選ぶことは、全てに責任を持つということ。
責任を持つことは、選んだ後に不平不満を持たないこと。
人は、命令されたことには、とかく反発を覚えるものだ。
そしてそれは、人に言われるがままにしか行動できぬ主体性のない人間ほど、その傾向がある。
これまでの自分が、まさにそれだと思った。
その意味で近藤は、伊織が土方の側にあるに適するか否かを量り、土方もまた結局はその考えに同意したのではないか。
そして佐々木という最良の逃げ道を用意してくれたのは、偏に近藤の優しさだ。
「……仕方ないですねぇ。じゃあ歓迎会もお預けですね」
沖田は結んでいた口を緩めてにっこり笑うと、再び手綱を引いて厩の方へと歩いて行った。
その後ろ姿を暫く眺め、伊織もまた副長室へと踵を返した。
***
「何ずぶ濡れになってんだ」
副長室に入るなり、土方が伊織の身なりを見てそう言った。
「すみません。途中で雨に降られてしまいました」
「まぁいい。早く着替えろ」
ぶっきらぼうに言い捨てて、土方はふいと背中を向ける。
悪天候のために室内が薄暗いせいか、やけに重苦しい空気を纏っているように見える。
伊織は衝立の陰に入ると、雨水を含んで重くなった着物を脱ぎ捨てた。
袴に足を通しながら、伊織はもう一度口を開く。
「これから局長のところへ行ってきます」
土方の返事はない。
それでもちゃんと聞いているものと践んで、伊織は続けた。
「今朝、局長に女子は要らないと言われて、すごく失礼な態度をとってしまったんです。それをお詫びして、今日の報告もしてきますから」
女装を解くと共に胸に忍ばせていた鉄扇も外し、一本の脇差しに変える。




