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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第四章 二者択一(4)



 だが、佐々木が何も言わないところを見ると、蒔田の心配は不要のものだったのだろう。

「一体何だ。何を言われた?」

 佐々木にどうこうしようという気はなくとも、先程とはまた違った意味で気まずい。

 聞くのではなかったと悔やむが、聞いた後ではどうにもならない。

 ここはやはり、深く追求される前に壬生に帰ってしまおう、と伊織は考えた。

「あのぅ、私、これで失礼します。お忙しい中、お時間を頂いてありがとうございました

「……そうか? 場所を変えて今少しゆっくり話せればと思ったのだが……」

「いや、そのー……、これから用事がありますので……」

「残念だな。では壬生まで馬で送ろう」

「い、いいえ!! 歩いて帰れますから!」

「ならば私も歩いて送ろう」

「あぁもう、何と言いますか……送ってくださらずとも……」

 際限のない問答を繰り返しながら屯所の門にまで来ると、通りの向こうから馬の蹄の音が騒々しくこちらへ近づいてきた。

「──沖田さん!?」

 埃を巻き上げて馬を駆ってくるその姿を見て、驚いた。

 近藤も土方も、今日伊織が佐々木を訪ねることは、沖田にすら話してはいなかったはずだからだ。

「高宮さん!」

 呆然とする伊織の前まで来て馬から飛び降りると、沖田が血相を変えて肩に掴みかかった。

「佐々木さんのお妾になるって、本当なんですかっ!?」

「えっ!?」

「さっき土方さんに聞いてびっくりしましたよ!! ひどいじゃないですか、私に黙って出ていくなんて!」

「え、ちょっと沖田さ……」

「近藤先生も土方さんも狡いんだよなぁー! こんな大事なこと勝手に決めちゃうんだもの!!」

 状況がよく飲み込めずにいる伊織の目の前で、沖田が一方的にまくし立てる。

「だいたい、何だって急にそうなったんです!? 高宮さんはそれでいいんですか!?」

「沖田さんっ!!」

 いつまでも止まりそうにない沖田を一喝し、無理矢理に遮った。

 沖田は眉を顰めたまま、紡ぎ出しかけていた言葉を喉元で詰め、伊織の目を見やる。

「今日は佐々木様にお会いしに来ただけですよ。そうと決まったわけじゃありません」

 沖田が気に入らなそうに口を曲げ、横目で佐々木を睨みつけた。

「ということは、これからそう決まる可能性もあるんでしょう。言っておきますが、私は反対ですから」

 沖田の剣呑な視線を受けても、佐々木は余裕の表情でそれを見返す。

 きっぱりと反対姿勢を見せてくれることは、伊織にとって嬉しいことではあった。だが、それが元で佐々木と近藤らの仲に亀裂が生じてしまうのではないかと、些か心配になってしまうほど、沖田の態度は頑としている。

「沖田君、これは伊織の問題であって、周りがとやかく言って良いものではあるまい?」

「……それは……っ!」

 佐々木の尤もな意見に圧されて、沖田が悔しげに唸る。

「あの、沖田さん。佐々木様の仰るとおりですが、お気持ちは嬉しいですよ……。私ももう失礼するところですから、お話は屯所に帰ってから……」

 伊織が宥めようとかけた言葉の終わらぬうちに、沖田は再びひょいと馬上に跨った。

「帰りますよ、高宮さん!」

「え、あ、では佐々木様、私もこれで……」

 慌てて挨拶を述べようと佐々木に振り返った伊織の体を、沖田はこれまた軽く馬上に引っ張り上げ、自らの腕の間に納めた。

 そして、一礼もせずに馬を歩み出させてしまったのだった。

 高くなった視界で、おろおろと佐々木の方を見返す伊織。

 沖田は手綱を操る素振りで、それをも遮った。

「お、沖田さん、ご挨拶もなしでは幾ら何でも……」

 失礼に当たるのではないか、と言いかけたところで、沖田がむすっと前方を見据えたままに声を低めた。

「冗談じゃありませんよ。せっかく今夜みんなで高宮さんの歓迎会を開く準備してるのに!」

「………はい!?」

 沖田の口から飛び出した意外な理由に、目を丸くした。

 歓迎会の企画のために引き留めに来たのだろうか、と思うと少し気が抜ける。

「原田さんとか永倉さんとか、みんな楽しみにしてるんですからね!」


 

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