第四章 二者択一(3)
「私では不服だろうか?」
「は?」
「私では、お前の主人は務まらぬだろうか?」
思い詰めたような眼差しでじっと見つめられ、伊織は狼狽して目を泳がせた。
突然そんなことを尋ねられても、答えられる道理がない。
土方が言うには、適任であるらしいが。
「──あの、一つお伺いしてもよろしいでしょうか……」
「何だ?」
「何故そこまで、私のような者にお気遣いくださるんでしょうか」
同郷というだけで引き受けるには、少々荷が重くはないか、と問うと、佐々木は暫く黙り込んで思案するような素振りをする。
「……近藤局長に頼まれたのではないですか?」
そんな風に疑ってしまうくらい、折りよい出来すぎた申し出だ。
「……賢いな」
低音の声で言って、佐々木はふっと笑う。
「近藤殿に頼まれたというので、大方当たりだ。土方君は大反対だったが……、今ではそうでもないようだしな」
伊織は悔しさに口を歪めた。
策を弄してまで、新選組から追い出したいのか、と。
佐々木はそんな伊織の心中を見抜くかのように、すかさず付け加える。
「だがな、近藤殿を恨むのは角違いだぞ。これはお前の選択だ。誰も無理強いなどはせぬ」
「だったら! 私が新選組に残ると言えば、局長はそれを認めてくださるんでしょうか」
にわかに気色ばんだ伊織を、佐々木が肩を抱いて宥める。
「お前の主はお前が決めろ。土方君を選ぶか、私を選ぶか。お前の出した答えならば、私は快くそれを認めよう。それは近藤殿とて、同じことだ」
土方を選ぶか、佐々木を選ぶか。
それは即ち、新選組で男として生きるか、佐々木の元で普通の女子として生きるか、という分岐点だった。
「男になるか、女でいるか………」
それは漠然としながらも、大きな分かれ道であった。
佐々木に肩を支えられながら、伊織は瞑目した。
突きつけられた選択肢は、二つ。
命令されるでなく、自ら選ばねばならない道。
伊織の耳元で、佐々木は一層低く囁く。
「お前のためを思えばこそだが、私は力ずくでもお前を我が物にしたいくらいなのだ。それを忘れるな」
***
部屋から出ると、そこには何故か蒔田がうろうろと二人の話の終わるのを待っていた。
「蒔田様、いかがなされましたか?」
伊織が声をかけると、蒔田はぴたりと足を止める。
そこで伊織は先刻の蒔田からの忠告を思い出した。
「蒔田様、ちょっと……」
と、今度は伊織が蒔田の袖を引いて佐々木の側を離れた。
「おい、さっきから二人で何なんだ?」
佐々木は訝しげに二人を見るが、当の二人はそれには一言も答えずにヒソヒソと密談に入る。
「特に何もありませんでしたよ? 何だったんですか、さっきの覚悟というのは?」
「そ、そうか。何もないなら良かった」
蒔田はほぅっと胸を撫で下ろし、改めて伊織に耳打ちを始めた。
「実を言うとだな、昨晩佐々木から相談を受けてな……」
「はぁ……、相談ですか?」
「お前に惚れたと言い出したのだ」
「……………はい?」
「いやいや、驚かずに聞いてくれ。佐々木が妙に真剣だったのでな、まさか間違いを起こしはしないかと心配していたのだ」
「………………」
「とにかく、無事で良かった!」
「………って、ええ!?」
呆然と聞いていた伊織は、ようやく蒔田の話の内容を正しく理解する。
思わず素直に驚愕の声を上げた伊織を引き寄せて、佐々木が二人の間に割り込んだ。
「おい! 何の話だ!?」
「ああ、何でもない。気にするな」
蒔田は一方的にそう言いおいて、またしても一人さっさと場を離れて行ってしまった。
「ち、ちょっ……! 蒔田様!! 一人にしないでくださいよー!!」
蒔田を引き留めようと延ばした腕さえも佐々木に捕まえられ、厄介なことに再び二人きりにさせられてしまう。
部屋での佐々木の様子がおかしかった原因は、それか、と伊織は思う。