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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第四章 二者択一(2)


 前方から、佐々木ではない声がした。

 大きな背が壁になっていて、伊織は声の主を確認すべく、佐々木の背後からひょっこりと顔を覗かせた。

「よく来たな」

 元々細い目をさらに細めて笑いかける蒔田の姿がそこにあった。

 伊織は咄嗟に居住まいを正すと、改めて蒔田にも挨拶の口上を述べる。

 が、蒔田は聞き終わる前に素早く伊織の腕を掴むと、佐々木の傍から引き離した。

「蒔田さんっ!?」

「お、おい! 蒔田、何を……!?」

 伊織に加えて佐々木も、蒔田の突飛な行動に目を見張った。

 当の蒔田はそれに構うでもなく、伊織の耳元で何事か囁き始める。

「お前、それなりの覚悟は出来ておるのだろうな?」

 声が漏れぬように大袈裟なほど声を潜めてはいるが、蒔田の目はちらちらと佐々木の様子を伺っている。

 覚悟? と伊織が声の調子を落とさずに問い返すと、蒔田は賺さず掌で口を塞いだ。

「んがッ!?」

「気付いていないようだな、お前。良いか、佐々木と二人きりになるならば今ここで覚悟を決めておけ」

「んンッ!!?」

 蒔田の忠告の意味が判らず、伊織は息のかかるほど近くにある蒔田の顔を凝視した。

 覚悟、と言うからには余程の重大事なのだろうが、それが何なのかまでは蒔田は言おうとしない。

「いいな、私の今の忠告は口外するな。特に佐々木には絶対だ」

 物静かで落ち着いた人だとばかり思っていた蒔田がやけに強く言うので、伊織はよく理解も出来ぬまま、二、三度首を縦に振る。

 それでやっと蒔田の手が離れた。

「蒔田、些か手荒に過ぎるのではないか?」

 見た目にもはっきりと、佐々木が不愉快そうに非難する。

「あ、あの、私は大丈夫ですから……。蒔田様も、お気遣い感謝致します」

「いや、礼には及ばぬ。まあ、その……、ゆっくりして行くといい……」

 何か釈然としないものを伊織の胸中に残して、蒔田はそそくさと去っていく。

「蒔田が何を言ったかは知らぬが、気にするな。どうも今朝から様子がおかしいのだ」

「はあ、そうですか……」

 気にするなと言われても、そう簡単には片付けられない。

 伊織の知らないところで何かがあるのには間違いないのだから。

 何に対する覚悟が必要なのか、せめてそこまで教えてくれれば良いのに、蒔田が半端に忠告をしてくれたお陰で、困惑は増していくばかり。

 当然ながら得体の知れぬものへの覚悟など決められるべくもなく、伊織は巨大な疑問を抱えたままで佐々木との座談に臨むこととなった。


     ***


「少しは考えてみてくれただろうか?」

 向き合って席に着くや、佐々木がいち早く口を開いた。

「あ、……えぇっと……」

 考えるも何も、これまで伊織の頭の中を占領していたのは、土方や近藤のことばかりだ。

 彼らの一挙一動、一言一句に気を取られて、実際に申し出を受けるか否かまでは良く考える間もなかった。

「……申し訳ございません。まだ何も……」

「あ、あぁ。そうか、そうだな。いや、いいんだ。今日返事を出せというわけではないからな」

 どことなく焦っているような佐々木を、伊織は怪訝に思った。

 先程までと少し様子が違うような気がするのだ。

 部屋に入るまでは確かにあった威厳のようなものが、今は何故か感じられない。

 いや、全く威厳がないわけではないが、それが著しく低下している。

「あ、暑いだろう? 今、戸を開けよう」

 閉めていた障子戸を開け、その先に広がる庭をぐるりと見渡す。

 伊織は、そうした佐々木の様子を、座ったまま窺っていた。

(何をそわそわしてるんだろう?)

 佐々木の落ち着かない有様は、土方と対峙していた時に比べると別人のようだ。

 今日は暑いどころか少し肌寒いくらいなのに、障子戸は全開にされている。

「伊織」

「はい」

 暫く庭を眺めた後、佐々木は背を向けて立ったまま、生真面目な調子で伊織の名を呼んだ。

 そうしてすぐにこちらを向くと、佐々木は伊織の間近まで詰め寄り、座り込んだ。


 

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