第二十八章 因縁果報(1)
非番が減った。
いや、非番は今まで通りにあるのだが、実質勤務状態と言って良い。
(これ、労働基準法的にどうなんだろう……)
などという考えが浮かぶのも、未来の社会からの名残だろう。
その日、伊織は一人京の往来を黒谷へ向かっていた。
名賀姫を訪ねると言い置いてきたのだが、出掛けに斎藤からこっそり用事を言い付けられた。
(斎藤さんも割といいように使うなぁ……)
非番の日に堂々と本陣を訪れることが出来る立場にあることを、有効に使っているようだ。
雪のちらつく中、吐く息は白く後ろへたなびいてゆく。自然、足取りは速くなった。
***
「名賀姫様、お久しゅうございます」
黒谷、金戒光明寺へ赴くと、伊織はまず本来の目的である、名賀に目通った。
「まあ伊織殿。お久しぶりね! その後は大事ない?」
「はい、お蔭様でこの通り」
「そう、それは良かった。あの後も色々とあなたの話を聞かせてもらったけど、随分忙しいようね?」
平素の隊務──ほぼ雑用だが──の他に、剣術の稽古、そして会津への報告役。
加えてこうして名賀の話し相手と、確かに多忙と言えば多忙だろう。
名賀は労うような眼差しを向ける。
上質な着物を纏い、側室に相応しい身支度を整えた姿は、やはり可愛らしく美しい。
着飾ることと無縁な生活をする伊織にとっては、ちょっとした羨望も感じる。
「あれだけ伊織殿に厳しかった広沢も、最近は少し寂しそうにしていたわよ?」
「え、あの広沢さんが……?」
「そうそう。何だかんだ目を掛けていたんだもの、あれで結構情に篤いところもあるんだから」
「……へぇ」
何となく疑ってしまう。
「たまには広沢にも会ってやってね! 顰めっ面しながら内心安堵すると思うから!」
この後梶原には面会するが、広沢に会う用事はない。
なんてことを言うと、名賀に叱られそうなので黙っておく。
伊織が曖昧に笑うのは意にも介せず、名賀は更にぽんぽんと話を接いだ。
「そういえばね、私と伊織殿がよもや良い関係なのでは、と殿がお尋ねになったことが──」
「ホァア!? とっととと殿が私をお疑いに……!?」
ぎょっとして、思わず後ろに仰け反った。
不義密通の嫌疑をかけられたら、それこそ打ち首ものではなかろうか。
その仰天振りが面白かったのか、名賀は声を上げて笑う。
「大丈夫よ。処罰するとかじゃなく、寧ろ逆に謝られてしまったわ」
「……へ?」
「窮屈な思いをさせているのではないか、本当は他に思う相手がいたのではないか、とね」
「…………」
名賀を思い遣る容保の姿が目に浮かぶようで、一転して胸がじんわり温かくなる。