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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第四章 二者択一(1)



「くれぐれも、佐々木殿に失礼のないようにな?」

 伊織の心境などまるで無視するかのように話は進み、この日、伊織は佐々木と二人で会うことになった。

 その全ては、今目の前で事前注意を申し渡す近藤の取り計らいだ。

 土方からはあれ以来、この事については何の言葉もなかった。

「心得ました」

 項垂れたままで返答すると、近藤は伊織の傍にまで来て励ますかのように肩を叩いた。

「佐々木殿のところでならば、君も無理な男装などせずに済むんだ。普通の女子として暮らすことが出来る。何よりじゃないかね」

 そう言った近藤の顔に、悪意は感じられない。

 土方の言っていた通りに、全ては伊織に良かれと思って勧めているのだ。

 近藤にしろ佐々木にしろ、その心遣いは有り難いとは思う。

 だが、伊織にとってそれは、自分が新選組の厄介者なのだと思い知らされているようで辛いことでもあった。

 本来、いるはずのない人間。

 いてはならないはずの人間。

 この時代には、不必要な人間。

 そんな解りきったことが、今更重く肩にのし掛かる。

「局長」

「何だね?」

「局長は、私がお邪魔ですか」

 真っ直ぐに近藤の目を見据えた。

「……急にどうした?」

 近藤の表情が、僅かに狼狽のそれに変化する。

「私が新選組にいては、目障りですか」

 逸らすことなく近藤を見つめ、すると近藤もまた険しい眼差しで伊織を見た。

「──正直なところ」

 伊織は次の句を待って、固唾を飲む。

「新選組に女子は要らぬ」

 一片の迷いもなく言い切った近藤を、この時ばかりは憎いと思った。

 行く宛も頼る宛もない自分を、他人に押し付けるような真似をするのか、と。

 形だけとは言え、妾として差し出されようとしている我が身が、道具のように扱われているような気さえした。

 下唇をきつく噛みしめ、ふいと顔を背けると、伊織は物も言わずに局長室を出ていった。

 迎えの者は既に表に待機しており、伊織はその足で見廻組の佐々木只三郎の元へと赴いた。

 見廻組の屯所は二条城のさらに北にあり、壬生の新選組屯所からは幾らか距離がある。

 だが、駕籠を使った上に、道中も土方や近藤のことばかり考えていた伊織には、退屈する暇などなかった。


     ***


「わざわざ呼び立てて済まなかったな。疲れただろう?」

 着いてすぐ、佐々木自らが出迎えたことに伊織は少々驚いた。

 普通、佐々木くらい地位のある者ならば、出迎えなど下の者に任せて奥座敷で悠々と待つものじゃないだろうか。

「佐々木様御自らのお出迎え、畏れ多く存じます」

 近藤に念を押された通りに、伊織は駕籠を降りてすぐ、深々と頭を下げる。

 しきたりや作法など全くと言って良いほど知らなかったが、丁寧な言葉遣い、控え目な態度を心がければ、まず失礼には当たるまい。

「はっはっはっ! そう畏まらずに楽にするといい。平素のお前で構わぬ」

 そう言って佐々木は笑い飛ばしてくれるが、それは別段有り難いとは感じなかった。

(平素の私なんて知りもしないくせに……)

 伊織が僅かに表情に出した反発心も、佐々木の目には留まらなかったようで、伊織はそのまま屋敷内へと通された。

「私のほうから出向くつもりだったのだが、話が纏まるまでは内密にと頼まれてな。いやしかし、隊内では男装までしていたとは驚いたぞ」

 長い廊下を歩きながら、佐々木の声が幾分弾んでいる。

 男装のことを明かしたのは、きっと近藤だろう。

 とっくに知れていたのなら、今日も男装のままで来れば良かった、と伊織は後悔を覚えた。

 ただ黙って後をついていくと、前を歩いていた佐々木が急に立ち止まった。

 伊織は危うくその背に追突しそうになり、慌てて身を引く。

「うん? ……あぁ、来たのか」


 

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