第二十七章 多事多端(8)
(ここでチクるのは、なんかあいつと同じレベルになりそうで嫌だ……すっっっごく)
幹部に可愛がられているのを良いことに、虎の威を借る狐になるのと同じだ。
嫌がらせを受けたと報告したところで、土方がそれに対して直接何かするとは思えないし、何か制裁を下して欲しいと思っているわけでもない。
文机に向かう土方の背に向けて居住いを正し、伊織はごほんと声の調子を整えた。
「先程、三浦啓之助と接触しました」
「ほう?」
それで、と土方は手を休めて身体ごと向き直る。
「私個人を見下してる感じでしたけど、土方さんの小姓だっていうのが余計に気に食わない様子でしたね」
「まあ想定内だな。おめえの存在を知りゃあ、目を付けてくるだろうとは思っていた」
案の定だ、と土方は乾いた笑みを浮かべる。
「ちょっと土方さん。私を囮みたいに使うのやめて貰えませんかね……」
「しょうがねえだろう。奴にとっちゃあ、おめえは奴と同等の立場にいるようなもんだ。そりゃ勝手に向こうから張り合ってくるだろうさ」
確かに。
片や局長の側に仕え、こちらは副長付きだ。
目の敵にされるのも納得かもしれない。
「お蔭様で嫁いびりみたいな仕打ちをされましたが、まあそれはいいです。あれを他の隊士たちにも同じようにやっているのだとすれば、いずれ私闘に発展しかねないですね」
素行の悪い隊士というのは、三浦以外にもいる。
よくよく思い起こせば、確かに佐久間象山の子息については、何かで目にしたことがある。
彼の新選組での逸話も、少しは覚えている。
(確か、最後は脱走だったはず。けど──)
脱走するまでに、他の隊士との揉め事は絶えなかった。
「猪肉……」
「あぁ?」
ぽつりと呟いた伊織に、土方は呆れたように声を上げた。
「そう、猪肉だ。猪肉売りの女性を無礼打ちにした話があったんですよ」
あくまでも未来に残る話では、なので、この先何らかの原因で同一の事件が起こらない可能性も十二分にある。
大まかな流れは歴史に残る通りだが、末端の個々人に関わることとなると絶対に起こるとは言い難い。
「ほら、時々物売りが屯所に来ることあるでしょ? ああいう人を相手に些細な事で激昂しちゃうんですよ。それで……」
「ハァ……。流石にそりゃあ無えだろう、とは言えねえな」
寧ろ可能性しか感じないのであろう。
土方は渋面のままに吐息する。
「多分そりゃ、猪肉に限ったことじゃねえな。内部で片付くことなら兎も角、外で面倒事を起こすのは見過ごせねぇ」
まだ起こってもいない話を聞かされているというのに、土方はそれを訝ることはあっても、馬鹿にして流すことなく一応は耳を傾ける。
それに。
「土方さんて、こういう話をしても、私を尋問するとかそういうことは一切しないですよね」
もっと掘り下げて詳細に聞き出そうとはしないのだ。
「尋問されてぇのか? おめえ、まさか変な趣味があるわけじゃねえだろうな……」