第二十七章 多事多端(2)
様々に志を抱き、各々がその思想を掲げて直走る。
情勢は常に不安定だ。
詮無い事を考えていることに気付き、伊織は小さく息を吐いた。
いつか、佐々木に言われた言葉を思い起こす。
生きるも覚悟、死するも覚悟、と。
屯所に戻って、少しばかり気が緩んだのだろう。
伊織は未だ治まりきらぬ震えを振払うように、天を仰いで頭を振った。
***
白洲には、佐々木と伊織の二人きりだった。
「どうした、息が上がっておるぞ」
「……まだ大丈夫です!」
剣術に関しては、真っ当に師事してくれている。
技術的な事はまだまだだが、当初に比べれば、随分慣れてきたと思う。
勿論、佐々木のことだから大分加減してくれているのだが。
「もう一本、お願いします」
「良かろう、どこからでも来るがいい」
互いに正眼に構え直すと、寒風がその間合いを吹き抜けた。
風は、佐々木の袴の裾を翻し、伊織の髪を不規則に弄ぶ。
佐々木の表情には何の変化も無い。
このまま真向から斬り掛かっても、佐々木の隙を衝くことは出来ないだろう。
かといって下手に動けば、こちらに隙が生まれる。
そこを衝いて佐々木の剣が風を斬るかもしれない。
そう危惧しながらも、伊織は体勢を変えることを選んだ。
息を呑み、じゃり、と一歩左足を前へ踏み出した。
刀身をゆっくりと引き込み、刀身を右後方へ送る。
柄の殿を左手で軽く掴むと、相手には刀そのものが全く見えなくなる。
相手の目から刀身を隠し、こちらの動きを悟らせない狙いだが、果たして、剣豪たる佐々木にそんな思い付きの小細工が通用するのか。
「小野派一刀流の隠剣、か」
「……!?」
「どこでそれを学んだ?」
佐々木が無表情に問うた。
小野派一刀流。
聞いたことはある。しかし、学んだことは当然ない。
偶然にも既存の技法を用い、更には瞬時にすべてを見破られたらしい。
剣術の達人を相手に、殆ど素人の伊織が敵うわけはないのだと、改めて痛感せざるを得なかった。
これ以外、他にどう構え直してよいかも思いつかず、伊織は佐々木をねめつけた。
このままでは勝負はつかない。
その手に隠した剣はそのままに、伊織は呼吸を整える。
次の瞬間、前へ踏み出し、右下から刀身を振り上げた。
が、佐々木は難なく太刀筋を読み、その刀身を受けて流す。
刀身を払われた反動で均衡を崩しかけた、その刹那。
佐々木の剣は、伊織の首筋にその刀身をぴたりと付けた。
「……参りました」
伊織が敢え無く降参すると、佐々木も構えを解き、正面に居直る。
「佐々木さん、ありがとうございました」
「うむ。ところで、新選組の中に小野派の剣士がいたか」
誰かに教授されたものと思ったか、佐々木は竹刀を肩に担ぎ直し、手拭いを差し出す。
「あ、ありがとうございます」