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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十六章 知己朋友(7)

 

 

「まあ会津と繋がりを持つのは、おめぇにとっちゃ悪いことでもねぇだろう」

「んー、そりゃそうかもしれませんが……。けどね土方さん。どんなに良い伝手が出来たとしても、それでも私は、新選組に居座ると思いますよ? 何だかんだ、ここを離れる選択肢を私は持ち合わせていないみたいです」

 関わり合う人に疑念を抱くことも、時に志の揺らぐこともあるだろう。

 記録として残された事実を知っていることと、現実に目の前で繰り広げられる事象とでは、大きな乖離がある。

 結果は字にしてただの一行。

 そこに至るまでの出来事や、当事者たちの感情や思惑は、事細かに記されてはいない。

 後世に残る名も、その人の全てを教えてくれるわけではない。足跡や手記、回顧録といった限られた情報の中で組み立てられた人物像が残るだけだ。

 誰も、直接に会って話したわけではない。

 今目の前にいるのは、生身の人間だ。

 その証左に、彼もその時々で懊悩し、逡巡する。

 一個人である以上、他者には推量ることすら不可能な領域があるはずで。

 それは歴史に名を連ねていようがいまいが、全ての人に等しくあるものだ。

「ある意味、私は土方さんに幻想を抱き過ぎてたようなところがありました。でも、私の中だけの土方さんじゃなくて、こうして目の前にいる土方さんをちゃんと見ていかなきゃいけないんだなって、今はそう思うようになりました」

「お、おぅ……。急にどうした」

 じっと土方の双眸を見返し、決意のほどを示したつもりであったが、それが伝わった手応えは今一つだ。

「今のは私自身の心の区切りなんで、意味分かんなくても大丈夫ですよ」

「あんだそりゃ」

 露骨に怪訝な顔をする土方の視線が、伊織をまじまじと捉える。

「……いや、それよりおめぇ、寒くねぇのか」

「寒いに決まってるじゃないですか。単物ですよコレ」

 これ見よがしに袖を左右にピンと張ると、土方はやおら立ち上がり、部屋の隅に置かれた行李の中を漁り出す。

 暫くごそごそしていたかと思うと、やがてその手に大きな褞袍(どてら)を持って伊織に向けて突き出した。

「見てるこっちが寒くなる。こいつを羽織ってろ」

 どうやらくれるらしい。

 が、どう見ても大人の男性の身の丈に合わせて縫製された代物だ。

「でもこれ土方さんのでしょ? ちょっと私には大き過ぎるような……」

「うるせぇ、大は小を兼ねるって言うだろうが」

「そうですか? 袖とかすごい余りそう……」

「喧しいわ、黙って着とけ!」

 躊躇する伊織に業を煮やし、土方は褞袍を広げてそのまま伊織の頭からばさりと掛けた。

「うわわ!」

「俺ァ寒いのが嫌いなんだよ! んな寒そうな格好で目の前にいられちゃあ迷惑だって言ってんだ」

「んもー、乱暴なんだから。そういうの良くないですよ?」

 でも、と頭上の褞袍をのけて肩に羽織り直しながら、思わず吹き出してしまった。

「プッ……ありがと、ございます」

 こういうところは相変わらずだ。

 親切なのに、今一つ素直さに欠ける。


 

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