第二十六章 知己朋友(3)
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伊織が斎藤と共に監察方の詰所に戻ると、そこには久方振りに見る顔がせっせと荷解きをしているのが目に入った。
尾形俊太郎である。
この男、長らく副長助勤を務めているにも関わらず、真っ先に監察方の詰所へ戻ってきた様子だ。
「あ! おかえりなさい尾形さん! 早速ですがお土産は!?」
「俺が無事で帰ったことが何よりの土産だが、不服なのか」
「えぇ……」
無事で何よりだが、本当に土産の一つも無いらしい。
見送りの際にあんなにせがんでおいたのに、多分すっかり忘れているのだろう。
勿論、伊織としても尾形の顔を見るまでは綺麗さっぱり忘れていたのだが。
近藤らの不在中、あまりに多くのことがありすぎた。
葛山の一件については、当然尾形も既知の事実。
その後の黒谷への出向も山崎あたりが面白おかしく伝えている可能性が高い。
尾形が出立前に言い残した『副長の指示に従うように』という言い付けも、結局のところ守れていなかった。
「……それで、あの、尾形さん」
おずおすと改めて声を掛ける伊織に、尾形は目もくれず手荷物を次々と行李に移し替えていく。
「尾形さん、本当にすみませんでした……っ!!」
ずしゃっっと音を立て、伊織は畳に平伏した。
実際本当に畳で額を擦り剥いてしまったらしく、次の瞬間にはヒリヒリと痛みが走る。
「尾形さん、一応俺からも謝罪しよう」
という斎藤の声がすると同時に、伊織の下げたままの頭上に大きな掌が乗り、更に畳に擦り付けられた。
「!? いででででで!」
「高宮に勝手な真似をさせた。俺もさっさと佐々木さんの妾になれとか国へ帰れとか、少し嗾けた。まあ結果丸く収まったが、申し訳ない」
「…………」
元々然程多くはなかった旅の荷は一通り片付けられたようで、尾形は畳に張り付く伊織と、それを抑え込む斎藤とを交互に眺める。
「まあ大体のところは聞き及んでいるが、結局は副長が許可し、帰隊を認めたんだろう。それなら俺が言うべきことは何もない」
伏しているためにその表情は見えなかったが、尾形の声の調子には特段憤りや落胆といった色は感じられなかった。
そして、自分も謝罪する、と宣言した割に、斎藤が尾形へ頭を下げた気配は微塵もない。
斎藤自身の分まで、ひたすら伊織の頭を畳に押し付けるだけだった。
「それで? それほど勧められたのに、佐々木さんの妾にならなかったのか?」
「……謝罪早々アレですけど、ぶちのめしますよ尾形さん?」
一体、いつまで佐々木の存在に脅かされ続けなければならないのか。いや、確かに害になるばかりでもない存在なのだが、それが余計に口惜しい。
「ハァーア、おまえの貰い手なぞ佐々木さんくらいしかいないだろうに」
「俺も全く同感だ」
この二人、実はもう伊織が女であることを承知しているのではないだろうか。時々、そんな風に思うことがある。
単なる揶揄にしても、果たして同じネタでここまで遊べるものなのか。
そもそも衆道といえば、もっと繊細かつ高尚な扱いを受ける部類のようにも思う。