第二十六章 知己朋友(2)
局長室で淡々と事実だけを述べる斎藤は、相変わらず感情を窺わせない表情だ。
その様子を見ているだけでも、この男が如何に隠密に向いているかが分かる。
対して近藤は眉を顰め、今一つ解せぬ、と言った風に顎を摩る。
「その名賀姫様、というのは――」
「松平肥後守様のご側室です」
「…………ご?」
「ご側室、です」
間髪いれずに即答した斎藤に、近藤は目を丸くした。
だが、喫驚したのは何も近藤だけではない。
土方も同様で、伊織とは初対面の伊東までもがきょとんと目を見開いた。
瞬間、室内に奇妙な沈黙が降り、伊織は居たたまれずに斎藤の顔を横目で窺う。
だが、斎藤は視線などまるで感じていないかのように、見事な無視を決め込んでいる。
文も武もろくに修めていないばかりか、出自さえ明確でない伊織を側室の相談役に据えるなど、俄かには信じ難い話だろう。
報告を受けた彼らが唖然とするのも当然だ。
恐らく伊織が自ら報告していたら、馬鹿な冗談を言うものではない、と相手にもされずに一蹴されていたのではないか。
「斎藤君。念のために確認するが、高宮君は公用方に出向していたんだよなぁ?」
「局長、信じたくないお気持ちは分かりますが、役目を賜った件は事実です。が、ご側室の名賀様は未だ十五、六とお若く、高宮とは年も近い。実際にはただ話し相手として時折お訪ねすれば良いとのこと」
それと引き換えに、名賀は気儘な一人歩きを自重するという約束だ。
会津の側としても、それで側室の身勝手を抑え込めるのならばそれに越したことはない、ということだ。
「妙な経緯ではあるが、まあ……会津の本陣と親交を深める良い機会でもあるか」
元々、近藤は会津に対しての忠義心は厚い男だ。
委細は兎も角、名誉な事と受け止めた様子である。
「なるほど、見掛けに寄らず胆力のある少年なのだね」
そう言って笑うのは、件の新参一派頭目である伊東甲子太郎である。
その風貌は細面に色白の、――優男という表現がしっくり来る。
新選組の武骨な集団の中にはおよそ馴染まない、良く言えば洗練された、悪く言ってしまうと気位の高そうな雰囲気を纏った男だ。
柔らかく優しげな笑みを浮かべてはいるものの、伊織にはその眼の奥に些か値踏みするような鋭さが垣間見えた気がした。
局長室に入ってすぐに近藤によって伊東の紹介を受けたが、伊織も斎藤も名を名乗る程度で多くの言葉を交したわけではない。
無論伊織にしてみれば、伊東一派の入隊から派生する波乱について知らぬはずもなく、何となく深く関わり合いになるのを回避出来るのならそれに越したことはない、と思うのが本音だった。
「本陣の名賀姫様のもとへは、私が非番の日にお訪ねしようと考えております」
故に、局中において差し障りの無いよう努める。
伊織はそう述べるに留めた。
「ふむ、肥後守様の御側室ともなれば、姫君ながら御苦労も多いお立場だろうからなァ。しっかり務めを果たすように」
頼んだぞ、とにんまり笑う近藤に、伊織は神妙に頷く。
その遣り取りの最中も、伊東の含みありげな視線を受け続けたのであった。