第二十五章 天真流露(10)
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くるくるとよく動く時実の首元に、容保は見慣れぬ物を見付けた。
「うん? 時実、これは如何した?」
問い掛けても、当然鷹は答えない。
首元に括りつけられた、可愛らしい守り袋は、時実の動きに合わせてちりちりと小さな音を立てる。
手に取って裏を返せば、刺繍で『縁結』の文字。
「なんだ、おまえの失踪は余に良縁を運んで来るためのものだったのか?」
また珍しいものを拾って戻ってきたものだと、容保は小さく笑った。
その笑声に呼応するかのように、時実は容保の掌に頭を潜り込ませ、ふかふかの羽毛を擦り付けて目を瞬く。
「おまえの運んで来た縁は、どのような良縁であろうな」
猛禽類とは思い難い時実の仕草に、もうひとつ笑った。
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雪玉のように丸められた半紙が、斎藤の前を弧を描いて飛んだ。
新選組副長・土方歳三が拵えた、反故紙の球である。
「で? 結局、高木小十郎とは何の関連もなかったわけか」
「副長も見ただろう。貞というのは確かに高宮に瓜二つ。まるで鏡を見るかの如く似た容姿をしているが、縁者というわけでもない」
「全く、謎の多いやつだ」
相変わらず閉め切った部屋には、火鉢に引っ付きながら文机に向かう土方と、少し離れて座す斎藤の姿があった。
伊織の身辺について分かった事と言えば、どうやら会津の家中に血縁がいるわけではなさそうだという事実のみ。
そんな身のない報告でも、土方は然して不満はないようだった。
「兎も角、じきに近藤さんも戻ってくる。報せによれば、どうもいけ好かねぇ輩も連れて来るらしいがな」
近藤が直々に入隊を頼み込んだという以上、伊東甲子太郎を迎えれば、それなりの位置に据える必要がある。
その伊東に付き従ってきた者たちに関しても同様で、新たな編成を捻らなければならない。
「あの三浦ってぇのも、早いところ何とかしねぇと鬱陶しくてしょうがねえ」
「ああ、三浦敬之助とかいう――」
「伊織が戻ったら、あいつに面倒見させるか」
「高宮の手に負えるのか、あれが?」
「手に負えなきゃ、難癖つけて松代へ突き返してやれ」
「…………」
「でなけりゃ、会津にでも押し付けてやりゃあいい」
心底面倒くさそうに吐き捨てながら、土方は筆を走らせる。
「……あ」
「また書き損じたのか、副長」
「うるせぇ」
「喋るか書くか、どちらかにした方がいい」
「んなこたぁ、わぁってんだよ!」
また一枚増えた反故紙を乱暴に丸め、土方はひょいと放り投げる。
「ああもう、やめだやめだ!」
土方はとうとう筆を置き、ぐっと伸びをすると、やおら立ち上がった。
寒い寒いと閉め切っていた部屋の障子を開け放ち、寒風に身を晒して大袈裟に身震いする。
「くっそ、寒ィな!」
「もう冬だからな」
「斎藤。おめぇの返しは素っ気ねぇにも程があるぞ。また喧しいのが出戻って来るんだ、おめぇもちったぁ気分入れ替えろ」
苦虫を噛み潰したように表情を装い、ぶっきら棒に言い捨てる。
だが、斎藤の耳には、土方の口調がどことなく弾んでいるように聞こえた。
【第二十六章へ続く】