第三章 合縁奇縁(5)
蒔田に同調した近藤の顔が、伊織には生き生きとして見える。
「──そう、ですね」
断る理由も見当たらず、伊織はそう曖昧に答えた。
***
佐々木と蒔田が壬生の屯所を出た後、伊織は副長室で土方と向き合っていた。
土方がなかなか話を切り出そうとしないため、伊織はまず、当たり障り無いよう口を開いた。
「結局、昼間の斬り合いの一件はどうなったんですか?」
控えめに尋ねたのに、土方はそれにも直ぐは答えようとせず、悠々と煙管を吹かし始める。
煙草の煙をくゆらせながら、土方はゆっくりと伊織を眺めた。
既に女装を解き、男になりすます伊織の姿を。
「おめぇこそ、何ですぐに相手が敵じゃねえとわかった?」
「そういう事故もあったはずだな、と思って……。半信半疑でしたけど……」
ありのまま釈明する伊織を、土方は訝しそうに目を細めて見た。
その目が睨んでいるように見えて、伊織は合わせていた視線を外す。
「……ありゃあ故意で起こした斬り合いだったそうだ。俺もあん時ゃあてっきり敵浪士かと思ったが、そうじゃなかった。どうにも、同じ職で身分にばかり差があるってなぁまずいらしい」
「……と、言うと?」
「偶然はち合わせた見廻組のやつらにケチをつけられたのが、うちの隊士にゃ我慢がならなかったんだろうよ」
投げるような言い方をした後、土方は吐息混じりに嘲笑する。
「原因は見廻組、仕掛けたのは新選組、ですか。どちらも同等に責めはあるんですね」
「普通に考えりゃ、そうだろうがな。何にしたって、向こうは歴とした旗本集団だ。俺たちみてぇなのとは身分に開きがある分だけ、こっちの分が悪くなる」
そんなことより、と土方が話の方向を変える。
一度口を開けば、普段より口数が多いように感じられるが、それはやはり不機嫌の極致にあるからなのだろう。
「話してぇのは、そんなことじゃあねえんだろ」
的を射た土方の切り替えしに、伊織は気後れしつつ本題へと移る。
「……佐々木さんは、どうして突然あんなことを?」
「さぁな」
「さぁ、って……。土方さん、私の何を話したんですか」
話すきっかけを与えておきながら、土方はいやに素っ気なく聞き流す。
その態度が引っかかり、伊織は多少憮然として問い返した。
「会津出身の身寄りのない娘で、俺が小間使いとして雇っている。尋かれたからそう話しただけだ」
伊織と目が合わないように、土方はわざと顔をそむける。
「おめぇも気付いちゃいるだろうが、近藤さんは佐々木の申し出を受けるつもりでいる。無理強いはしねぇだろうが、これほど良い話はねぇと思ってるみてぇだな」
それは伊織にも理解できる。
近藤は、本音では女子を隊に置くことには初めから反対なのだ。
それでも、伊織に同情するところもあり、また土方に免じて一度は隊に住まうことを許可した手前、あからさまには何も言わずにいるだけである。
「けどな、誤解すんじゃねぇぞ。近藤さんは、おめぇに良かれと思って佐々木に賛成してるだけだ」
「土方さんはどうなんですか?」
抑えた伊織の声に、土方は目だけを動かして伊織を見た。
互いに深刻な面もちで、内心を探り合うような視線を絡ませる。
それは、とかく長い沈黙だった。
「……おめぇが佐々木んところに行きてえっつうなら、行きゃあいい」
均衡を破って、土方がふぅっと煙を吐き出した。
「そのほうが、おめぇもまともな暮らしができるってもんだ」
やはり投げやりな土方の物言いに、伊織は絶望に近い感情が込み上げるのを覚えた。
「だけど、新選組幹部の情報を持っている以上、易く解放するわけにいかないと言ったのは、土方さんじゃないですか」
「佐々木なら心配ねえさ」
伊織とは違い、土方は一片も動じずに断言する。
土方もまた、実のところは佐々木に引き渡すことに賛成なのではないかと思う一瞬であった。
伊織はそれきり返す言葉を失くし、土方を睨んだ。
その睥睨を受けても土方はまるで顔色を変えず、続けざまに畳みかける。
「佐々木は信用の置ける男だ。分別もある。ああして申し出たからには、きっちりおめぇを管理する。そういう男だ」
伊織は土方を睨むのをやめ、深く顔を伏せた。
新選組で、土方の元で生きようと心に決めた矢先に、何故また別天地へ流されてゆかねばならない。