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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十五章 天真流露(8)



「私は新選組へ戻りますが、名賀様より賜りしお役目、慎んでお受け致しとう存じます」

 一時首を傾げた名賀だったが、伊織が拝命の意を伝えると素直に喜んだらしく、にっこりと微笑んだ。


     ***


「高宮。一つ確認しておくことがある」

 部屋を後にして公用方の詰所へと戻る伊織を、斎藤が後ろから呼び止めた。

「? 何ですか?」

 くるりと踵を返しかけた伊織の横を、斎藤はゆったりと、擦り抜けるように先へ歩いて行く。つられて、伊織もまた廊下を歩き始めた。

 庭に見える木々は冷えた風に晒されて、褪せた枝葉が乾いた音を立てる。

 一つ息を吐いて辺りを見渡せば、静謐さを取り戻したかに思える穏やかな初冬の日だ。

 紅葉の時期は過ぎ、天道の柔らかな日差しに照らされ、京の山々も冬の装いを見せ始めていた。

 この時代へ来て、初めての冬を迎えようとしている。

「改まってどうしたんです? 新選組になら二、三日中には戻るつもりですよ」

「会津への報告役は、あくまでも隠密の仕事だ。新選組に役目を知られるわけにはいかない。隠し通せるだろうな?」

 斎藤の目は俄かに鋭さを帯びる。

 報告役が、単なる連絡係ではないことくらいは承知しているつもりだ。

 万一露見すれば、新選組からも会津藩からも処罰されることになる。あくまで付随的とは言え、伊織の役目が増えた事に斎藤が懸念を覚えるのも無理からぬことだろう。

「それは勿論、斎藤さんや本陣の皆様に迷惑がかからないよう、細心の注意を払います」

「名賀姫様の御相談役については、俺から副長に報告しておく。その名目があれば、今後おまえが黒谷を訪ねる理由に困ることもなくなるだろうからな」

 言われてみて、そこで初めてなるほどと思う。

「ではな」

 先を歩いていた斎藤はひらりと片手を上げると、歩調を速めた。

 それを機に伊織は何となく足を止め、すらりと高いその背を見送ることにした。

(――何も、聞かれなかったな)

 斎藤とて、伊織が隊を離れた理由を知らないわけではない。

 『戻る覚悟』まで詰問されるかと少しばかり身構えていたのだが、それは杞憂に終わった。


     ***


 斎藤が去って暫く。

 再び廊下を進み出した伊織の視線の先に、その珍妙な光景は唐突に現れた。

 廊下に面した障子をぼろぼろに破きながら、鬼の形相をした時尾が倒れ込むように這い出してきたのだ。

「何っなのよ、こいつは……!!」

「国許へ帰るなど、話が違うではないか!? 女子の格好をしておるからには、私の許へ来るのだとばかり――」

 時尾に絡みついて、これまた鬼気迫った泣き顔の佐々木が這いずり出てくる。

「あっ、ちょっと伊織、これっ! こいつ何なのよ!?」

「ぬっ!? 伊織、だと!?」

「…………」

 この光景を目の当たりにしただけで、瞬時に全てを理解出来てしまう己が哀しい。

「時尾さん。非常に残念なお知らせですが、これ以後、あなたも何かにつけてこの変な人に絡まれる運命にあることを覚悟してください」

 ほぼ佐々木の下敷きになった時尾を見下ろし、伊織は静かに合掌した。

 大方、昨日の返答を求めて伊織を探していた佐々木の視界に、時尾の姿が写り込んだのだろう。

 佐々木は立ち尽くす本物の伊織と、下敷きになって暴れる時尾を交互に見てから、ゆらゆらと力なく立ち上がった。

「佐々木さん、あんた……」

 いつぞやは、伊織を見間違えることなどないと豪語していたことすらあったというのに。

 時尾と伊織をしっかり間違えてしまったようだ。

 佐々木は決まり悪そうに一つ咳払いをする。

「これは……まことに失敬した。私としたことが、妻と他の女子を間違えるとは――」

「おいふざけんな、妻じゃねえ。……大丈夫ですか、時尾さん」

 さりげなく仲を進展させている佐々木に釘を刺し、伊織は時尾に手を差し伸べた。


 

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