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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十五章 天真流露(7)



「まあ待て、話は最後まで聞くものだぞー?」

「梶原っ! 私は伊織殿でなければ嫌よ。側仕えくらい自分で選びたいわ!」

 何やら名賀は一人興奮している様子だが、手代木と斎藤はただ静かに事の成り行きを見守るつもりのようだ。

 事態が呑み込めずに唖然とする伊織の前で、梶原は悠々と扇子を弄ぶ。

「うーん、このように名賀様が貴殿を是非とも側仕えにと仰ってなぁ。しかしながら、……まあ単刀直入に言って、藩が新たにお主を召し抱えるというわけには参らぬのだ」

「かーじーわーらぁぁぁあああ!?」

「ああもう、名賀様はちょっと黙ってて頂けませぬか」

 今にも掴み掛りそうな名賀を、梶原はあろうことか扇子の先でひょいとあしらう。

「そこでだ。手代木殿とも相談してみたのだが、お主には新選組に戻って以後も、時折この本陣に参じて貰いたい」

「えっ、あの……それはどういう?」

 すると、梶原は部屋の端に控える斎藤に目配せる。

 それを発言の機として、斎藤が口を開いた。

「今後も俺と同様に新選組内部の報告役を担い、参陣の折には名賀様の御相談役も加えて仰せつかる。そういうお話だ」

 淡々とした口調で言う斎藤に、表情はない。

 その話を斎藤がどう思っているかなど、窺い知ることは出来なかった。

「で、ですが、ご側室ともあろう御方の相談役なんて――」

 私に務まるのでしょうか。

 そう尋ねようとした矢先、側室の名賀当人が身を乗り出した。

「私のたっての願いなのよ、伊織殿。あなたのお陰で、少し前へ進めそうな気がしていたの。縁結びの御守りはなくなってしまったけれど、きっとあれは伊織殿と私を結び付け、早々に役目を終えたのだわ」

 縁結びの御守り、と聞き、時実が奪い去ったあの時の光景が蘇る。

「知りもせず、知ろうともせずに現実から目を背けてはいけないと、あなたが教えてくださったのよ」

 穏やかな微笑みを浮かべる名賀の言葉に、伊織ははっとした。

 確かにあの時、そんな風なことを言ったような気はする。

 元は伊織自身の言葉だという名賀の一言が、心に突き刺さった気がした。

 人と人との交わりというのは、実に奇妙なものだ。

 如何に近しい人であっても、知っているようで、知らないことは多い。

 伊織の脳裏に浮かんだのは、やはり土方の顔であった。

 平成の時代で得た知識があるばかりに、その人の人となりを既に知っているかのような錯覚をしていたのではないか。

 温和なだけの人間など存在しない。

 冷徹なだけの人間などいるはずがない。

 その人の何を見ていたのだろう。

 なまじその人の情報を知っているばかりに、土方歳三という人物を知ろうともしていなかったのではないのか――。

 膝に置いた手に、知らずと力が入った。

「ねえ、伊織殿。私は殿にとって側室の一人にすぎないわ。なのに、私は側室というだけで自由を奪われる。行きたい場所にも行けず、会いたい人にも会えず――。この窮屈な生活から、誰かが連れ出してくれないものかと、ずっと思っていたわ」

「ななな名賀様っ!? ちょ、流石にそんな滅多なことを申されますな!」

「いや、梶原殿。今のお言葉、我々は聞かなかったことに――」

 名賀の発言で、梶原と手代木の顔がみるみる蒼くなる。が、名賀は目もくれずに続けた。

「まあ結局、我慢ならなくて毎日脱走していたわけだけど……。でもね、あなたに言われて、少しくらい向き合ってみようって思ったの」

 名賀の口振りからは、どことなく吹っ切れた様子さえ窺える。

「出来れば側用人として登用したかったのだけど、広沢には大反対されるし、梶原もこの通りだし……」

 ちらちらと梶原を睨みながら、名賀はぼやく。

「あなたがどうしても新選組に戻ると言うのなら、止めはしないわ。けれど、このお役目は私のためにも是非受けて頂きたいの」

 そう言って伊織の返答を待つ名賀は、じっと逸らすことなくこちらを見詰めた。

「向き合う――」

 向き合わなければならないのは、自分のほうだ。

 ぽつりと呟き、伊織は名賀を真っ向から見詰め返した。

「ありがとうございます。私にも向き合わねばならない相手がいることを、たった今、名賀様から教えられたように思います」

「? そう?」

「はい」

 新選組に戻り、斎藤と共に藩への報告役を担う。そこに加えて時折名賀を訪ねる程度なら、やってやれない事もないだろう。


 

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