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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十五章 天真流露(2)



 梶原は目を丸くした。

 沖田は暈してそう言うが、恐らくこの本陣に詰めている者でぴんと来ない者は在るまい。

 念の為と称して人払いを願い出た沖田の様子から鑑みても、梶原の考えた通りの意味で間違いはないはずだ。

「なので、出来れば高木さんに直接確認して貰えればと思ったんですけど、ちょっと遅かったみたいですね」

「ふむ、高木を呼び戻すにも手間が掛かることだし、そういうことならば名賀様が最も適任だろう。しかし、名賀様にお運び頂くわけにも参らぬ」

 名賀のお忍びが絡んだ昨日の一件を思い起こし、梶原は眉を寄せる。

 いや、それ以前に、やはり一国主の側室が単なる預り浪人の屯所へ出向くというのは沽券にも関わるだろう。

 その意も汲み取ってか、沖田はあっさりと頷いて了承した。

「それなら、明日にでもこちらへお連れしますよ」

「そうしてくれると有り難い。……のだが。時にそのー……、元気、なのか?」

 梶原は語尾を窄めて、やや身を乗り出すようにして尋ねた。

 沖田の言う『落し物』とやらが何なのか、薄々予測は出来ても確信にまで至らぬが故だ。

 だが、沖田は憚ることなく笑顔ではっきりと答えた。

「ええ、少しばかり擦り傷はありますが、活きが良過ぎるくらいです。……もし必要なら、今宵にでも確かめに来られてはどうです? 梶原さんなら、うちの副長も歓迎すると思いますよ」


     ***


 無理がある。

 いや、元凶は何かと問われれば、それは自分自身の迂闊さにあるのだが。

 この広い京の中で、鷹の一頭探し出すのは、流石に骨が折れた。

 そもそも端から見つからぬものと見切りをつけているらしい広沢などは、本腰を入れて捜索に乗り出す様子もない。

 差控処分とは名目ばかり。処分の下された翌日から、伊織は早速、時実捜しに奔走する羽目になっていた。

「……くっそ、広沢さんめ。全く協力する気ないな、あの人」

 この日も仕方なく一人で方々を捜し回り、日が暮れる頃に黒谷へと戻ってきたのであった。

 高い木の上で鴉が鳴き、茜の空に飛び立つ。

 散々歩き倒して棒のようになった足を止め、伊織は黒谷の門前で溜め息を吐いた。

「どうした、今日も見つからなんだか」

 じゃりじゃりと下駄で砂を噛みながら石段を下って来る足音が聴こえ、伊織の方へ歩んでくる者があった。

「梶原さん」

「うむ、その様子ではやはり難航しているようだな」

 あっはっは、と笑い飛ばす梶原はいやに上機嫌だ。

 こちらとしては笑い事ではない。

「意地でも捜しますよ。じゃなきゃいつまでも新選組に帰れないじゃないですか」

 むっとして言い返すと、梶原は伊織の肩をぽんぽん叩き始める。

「いや、すまん。別にざまぁみろとか思っているわけじゃないぞ」

 この人は本当に軽いというか、何というか。

 仮にも大目付という立場なのだから、もう少し威厳があってもよさそうなものだ。

(……まあ、それはそれで助かってるからいいけどね)

 これでもし、梶原の性格が広沢に似ていたら胃の痛いことになっていたかもしれない。

「それはそうと、こんな時分にお出掛けですか?」

「うん? ああ、散歩だ散歩。すぐに戻る」

 両の袖を揺らして笑い、梶原はそそくさと伊織の脇を擦り抜ける。

 それはさも自然な様子に見えたが、伊織はふと眉を顰めた。

 振り返り、梶原の背が薄暮の向こうへと去り行くのを思わず呼び止めた。

「あの、梶原さん」

 すると、梶原も再び足を止め、伊織の声にちらりと首を巡らす。

「なんだ?」

 日の入りから出掛る先と言えば、何となく脳裏を掠めるのが遊郭だ。屯所に居た時にも、悪所通いの隊士を見掛けなかったわけではない。

 呼び止めた後になって気付いたが、そういう詮索は無粋というものだ。

「……えーと、いえ、何でもな――」

「お、そうだな、時には一緒に出掛けてみるか? どの道今日は時実の捜索も適わんだろう」

「!? えっ、ちょっと待っ、私は廓は苦手――」

「廓? ……お主も阿呆よのぅ」

 薄れゆく日没の光の中で、梶原の目から憐れむような眼差しが返る。

 どうやら行く先は遊郭ではないらしい。


 

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