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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十五章 天真流露(1)




「まさか先生、新選組に呑まれようと仰るのではないでしょうね」

 内海は頗る怪訝そうに尋ねたが、伊東はただ夜の庭を眺め続ける。

 その顔は、いつにも増して穏やかで、泰然自若としている。

 月明りと、点在する燈籠の灯を受けて、庭石の輪郭がおぼろげに浮き上がっていた。

「いいんですか。我々は尊皇攘夷の志を以て集った同志です。新選組は尊皇を唱えてこそいるようですが、あくまで幕府あっての尊皇に過ぎませんよ」

 尊皇というより勤皇というに近い伊東大蔵の一門がその身を寄せるに相応しからぬ集団。

 その親玉である近藤勇と度々面会するようになり、あまつさえ伊東は近藤の論を悉く持ち上げ続けていた。

 無駄が出るほどに武張ったあの男は、さぞや気分を良くしていることだろう。

 それが余計に内海の癇に障っていた。

「先生の持論が変わったわけでないことは承知していますが……。だからこそ、先生の仰ることに納得がいかないのです」

 大元で幕府と繋がる新選組と懇意にしたところで、事ある毎に意見を違えるのは火を見るよりも明らかな事だ。

 そんな場所へ自ら飛び込んで、一体何の得があるのか。

 内海は二言三言、愚痴をこぼすように呟いてから幾分語気を強めて念を押した。

「兎に角、私は反対です。同志として手を組むなら、他にもっと我らに相応しい相手があるはずです」

 対して、伊東は夜の気配に冷やされた風を心地良さげに受けながら、小さく含み笑う。

「内海。君は少し頭が固い。真面目で勤勉なところは君の長所でもあるが、それゆえか、少々融通が利かなくて困る」

 伊東はちらりと横目で内海を見遣り、そして嘆息した。

「誤解をしないでもらいたいね。君も見ただろう? 近藤勇というのは、実に素直な人物だ。その近藤が率いる新選組というのは、幕府や会津の手先とは言え、所詮は出自さえ怪しい烏合の衆だ」

 ふ、と伊東は声を上げて笑う。

 その一連の様子を目の当たりにして、内海は殊更に訝った。

「ですから、おかしいではありませんか。そのような輩と手を……」

「そう。おかしいんだよ」

 内海が食い下がって訴えかけるも、伊東はその声を遮り、手にした扇子でぴしりと内海の鼻先を捉えた。

「君の言うとおりだ。おかしいんだよ、新選組は。そして彼らも、自らの矛盾に気付いている」

 したり顔で声を潜めた伊東の言葉が、内海の顔色を更に曇らせた。

 内海は、伊東の決断そのものをおかしいと言ったのであって、新選組を指して言ったのではない。

 それを伊東が都合よく解釈した。

 一体何の事かと内海が解せずにいると、伊東は扇子を自らの口許に引き寄せ、楽しげに眼を細めた。

「彼らも本来、尊皇なのだよ。勿論、佐幕でもあるけれどね。この後、彼らの進むべき未来を示してやれるのは、この私を置いて他にいないのだよ」

 後は推して知るべし、とでも言いたげに内海を一瞥し、伊東はそのまま屋内へと引き返して行った。


     ***


「ええぇぇ!? 高木さん、国許に帰っちゃったんですか!?」

 黒谷の奥で、一際大きな声が響いた。あまりの声の大きさに、中庭の茂みから小鳥が二、三羽慌てて飛び立つ。

 その日、梶原を訪ねて黒谷にやって来ていたのは沖田だった。

 委細は面会後という、用件を伏せた唐突な申し出にも関わらず、梶原は快くそれを了承したのだが、顔を合わせた沖田の第一声は藩士・高木の所在だった。

 高木小十郎と言えば、京で消息を絶った娘を追って上洛、黒谷に滞在していた。だが、高木とてそういつまでも国許を離れて役目を放り出しているわけにもゆかず、杳として行方の知れぬ娘の捜索を一時断念。つい数日前に京を発ったばかりだった。

「それにしても何だ、いの一番に第三者の名が飛び出すとは思わなかったぞ。私に用があったわけではないのか?」

 梶原が少々意地悪く問い返すと、沖田も非礼に気付いたのかはっと声を落とす。

「あ、いえ。まあ話題の主役としては高木さんですけど、梶原さんのほうが色々と話を付けやすいかと思ったんですよ」

「? どういうことだ?」

「先日、清水でちょっとした拾い物をしましてね。それが多分、高木さんの落し物なのではないかと。屯所でお預かりしてるんですが、うちの副長がさっさと確認して引き取って貰えって煩いんですよ」

「……」


 

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