第二十四章 千荊万棘【後篇】(10)
何となく、他人事とは思えない顔をした女人。そうでなくとも、道端で倒れている者を見捨てて帰るわけにもいかない。
沖田は苦笑しつつ女を抱え上げると、くるりと踵を返した。
「連れて帰りましょうか。一応」
「……それは屯所へか? それとも、黒谷へ、なのか?」
「屯所ですよ。こんな面白いもの、土方さんに見せない手はないじゃないですか」
沖田は、意識のない人間を抱えているとは思えないほど軽い足取りで、風を切るように来た道を引き返し始める。
(沖田さんの言う『面白い』の基準は、いまいち分からん……)
きっと、いや絶対に面倒事の種だろうに、と思うと、斎藤の足はずしりと重くなったのであった。
***
「わざわざの御足労、痛みいる」
「何、我が愚弟の醜態をお主にとくと聞かせたいと思ったまでよ」
土方の許に手代木が訪れた頃には、既に日も傾いていた。
「……まあ、我が愚弟の素行は扨置き、報告しておこう」
手代木の用件が何であるかは、聞かずと知れたことだった。
障子戸を隔てて虫の声が辺りを包む。
宵の帳が気配を漂わせるが、室内もまだ薄明るく、火を灯すにはまだ早い時分だろう。
「結論から申せば、五日の出仕差控で事無きを得た」
手代木の一言一言に、土方は黙って耳を傾ける。土方に口を挟む気がないと知り、手代木も相槌を待たずに言葉を繋いだ。
「だが、御愛鳥の行方は未だ知れず、殿は高宮伊織にその捜索を御命じになられた。故に、高宮の黒谷出仕を少々引き延ばすことになるかも知れぬ」
そこで初めて、土方の眉が跳ねた。が、すぐに元の沈着な面持ちに返る。
「時に、土方。あの場に出向かずに本当に良かったのか。恐らくあの娘、お主の来ぬ意味を誤解しているものと思うが?」
「いや。お気遣いは有り難いが、今更どう弁解するつもりもない。会津の内部でのことだ、俺が行ってどうなるものでもないからな」
それに、と土方はほくそ笑む。
「てめぇが裁かれる立場になって、責任の所在ってやつを芯から考えただろう。大なり小なり、責任ってなぁ必ずついて回るもんだ。そいつから逃れることは出来ない。その道を自分で選んだ以上は、な」
土方の正論に、手代木は苦い笑みを漏らした。
「そうであろうな。己が意思から生じたものからは、何人も逃れ得ぬ」
それから幾許かの時間が流れた頃、屯所には沖田と斎藤が戻り、新たな珍騒動が起こることになるのであった。
【第二十四章 千荊万棘(後篇)】終
第二十五章へ続く