第二十四章 千荊万棘【後篇】(9)
「……詳しくは存じません」
「高宮伊織、あの者もその掟に縛られている。新選組は会津の傘下にあるが、新選組を統べているのは局長の近藤と……副長である土方。隊規に背いた者を罰するのもまた、あの二人であって、我々ではない」
「それはつまり、会津の許に在りながら、会津の意には染まぬもの、とでも?」
「左様。新選組にしてみれば、会津は利害の一致故、身を寄せているにすぎぬのだろう。少なくとも、副長の土方という男は会津の達しがあったところで、己が理念に反する事ならば、そう安易に屈するような者ではなかろう」
故に、その統制下にある者を会津が独断で処遇するわけにはいかない。と、容保は威厳も振るわずあっさり言いのける。
「高宮は元々、近藤の留守中のみの期限付きの出仕だったのだ。この程度のことで、あの者の帰るべき場所に禍根を残すべきではない」
ただやはり愛鳥も惜しいので、捜索せよと指令を出した、と。
名賀はそれ以上掘り下げて聞く気にもなれず、小さく吐息した後で話題を変えた。
「そういえば、此度のわたくしの所業については、如何様な罰を下さいますのか……。お伺いしても?」
時実失踪の根源ともなった一件だ。そもそも名賀が不用意に出歩くことをしなければ、時実が失踪する事も伊織が糾弾される事もなかっただろう。
名賀自身も罪悪感がないわけではなかった。
「わたくしこそ、処断されて然るべきでございましょう」
「ふむ。まあそうかも知れぬが、別に構わぬ。そちもまた、意に染まねば易くは折れぬ、己の掟をしかと持つ者なのであろう」
「……は?」
これもまた、あっさり。
名賀はぽかんと口を開けたまま、容保を見返した。
憤りを見せるでも、諦め顔でもなく、ただただ鷹揚に微笑んでいる。
(それは……どういう意味なのかしら)
これほど清々しく許されると、逆に「おまえなんかどうでもいいし」と言っているようにさえ聞こえる。
少なくとも、名賀のお忍び癖は後見や身内にも累が及ぶ程には問題視される行動だ。
それを、何の迷いもなく「別に構わぬ」とは、仮にも殿様がそんな対応で良いのか。
呆気に取られていると、容保は僅かに面持ちを引き締めた。
「余はそちを責めようとは思っておらぬ。だが、そちを解放してやるわけにもゆかぬのも事実であるし、それがそちの為になるとも余には思えぬ」
それだけは、努々忘れぬように――
容保は名賀の返答を待たず、話はこれで終わりとばかりに座を退いた。
その背を見送る名賀の胸中に、これまでに感じ得たことのない不快感が漂っていた。
***
「清水は行き倒れの名所か何かなんですかねぇ?」
昏倒して起きる気配のない女をそのまま放置していくことも憚られ、沖田はやれやれとその傍らに膝を着く。
小柄で細い身体は、けれど年頃の女子のそれであるように見えたし、こんな人目につかない奥まった場所で倒れている。
何者かにかどわかされ、乱暴を働かれでもしたかと思ったが、一見して乱暴狼藉の痕跡は見られない。
「あれ? この人……」
しゃがみ込んで行き倒れ人を観察していた沖田が、ひょいと顔を上げ、数歩下がった距離に立つ斎藤を見上げる。
「斎藤さん、ちょっと」
ぱたぱたと手招きすると、斎藤も面倒そうにゆっくりと歩み寄った。
「ねえ斎藤さん。私の目、おかしくないですよね?」
「俺があんたの目の事など知るか」
「高宮さんて確か、今は黒谷にいるはず……ですよね?」
「? まあ、出奔していなければそうだろうな」
「だってほら、見て下さいよ」
横向きに倒れている妙な身なりの女を静かに仰向かせると、沖田はまじまじとその顔に見入る。
釣られて斎藤も、沖田の背後から身を屈めて覗き込んだ。
「……ね」
「……ああ、そうだな」
共にじっと女の顔を眺め回していたが、やがてどちらからともなく互いに顔を見合わせる。
「どうする」
端的に尋ねる斎藤の態度からは、端から沖田に判断を委ねる意向のようだ。