第三章 合縁奇縁(4)
本来の顔立ちは優しそうに見えるのだが、口元を引き締めた表情は傲然としていて、近寄り難い印象がある。
ただそこにいるだけだというのに、気迫に圧されてしまうほどだ。
「申し遅れた。私は佐々木只三郎という。京都見廻組の与頭勤方を拝命しておる」
「あ……、高宮伊織、です」
なるほどこちらがあの佐々木只三郎か、という思いとともに、伊織も名乗り返した。
するとなると、その隣が蒔田であるようだ。
「土方君から話は聞いた。天涯孤独の身の上だそうだな?」
「は、はぁ……、そうですが……」
「私がお前を引き受けよう」
佐々木が言った一言に、伊織はぽっかりと口を開け、唖然とした。
「……は?」
引き受けるという言葉の意味も解らないし、何故佐々木がそうせねばならないのかも理解できない。
「佐々木殿におかれては、おめぇが大層お気に召されたそうだ」
土方が棘のある口調で言い添える。
「土方君、何もそればかりではない。私は伊織に良かれと思って……」
「新選組だろうと見廻組だろうと、伊織が危険な目に遭うのは同じだと、俺は思うがね」
「トシ! 佐々木殿は善意で申し出て下さってるんだぞ! 失礼だろう」
二人のやり取りを見かねて、近藤が口を挟む。
しかし佐々木はそれを片手で軽く制し、初めて笑顔というものを見せた。
それまでの厳とした表情が一変して、同じ人物とは思えぬほど優しい顔になる。
「土方君、何か誤解をしているようだな」
土方の目つきが一層鋭さを増した。
「誤解?」
「私はお主のように伊織を見廻組で働かせようというつもりはない」
「だったら伊織を引き取って、どうなさるおつもりか」
土方に問い詰められて、佐々木は伊織の様子をちらりと窺う。
「……ひとまずは、妾、という形になるだろうな」
「めっ、妾ぇ!!?」
伊織は仰天して、素っ頓狂な声を上げた。
妾と言えば、つまりは囲い物の愛人ということだ。
今日会ったばかりで、まだ碌に口も聞いていないのに、話が飛躍しすぎている。
それとも、この時代、それは特別珍しいことではないのだろうか。
顰蹙の眼差しを向ける伊織に対しても、佐々木はやはり鷹揚に構えて笑い返す。
「表向きは、ということだ。本当に妾になれとは言わぬ」
「……はぁ」
とりあえずは安堵し、佐々木の顔色を窺う。
「伊織は会津の出だと聞いてな。実を言えば私も会津の出なのだよ。だから、というわけではないが、放っておくに忍びなく思うのだ」
「……それは、どうも……」
佐々木の出自くらいは知っているが、そうとも言えず曖昧に返事をする。
佐々木は、会津藩重役の手代木直右衛門の実弟にあたり、近藤らが会津藩御預りになれたのも、何を隠そうこの佐々木の力添えあってのことだった。
兄の手代木のほうも、新選組の資金面にまで良く目をかけてくれている。
「土方君にはまだ承認は貰えぬようだが、私の元にいるほうがお前にとっても良いだろう?」
「……あ、でも……」
佐々木が善意で言ってくれているのは、何となく伝わっては来る。
同郷の誼で、身寄りのない女子を面倒見てくれようと言うのだ。
けれど。
土方が承認しようとするまいと、一度は主と心に決めた土方の元を、今更易々と離れる気にはなれなかった。
「新選組で女子が暮らすには、なかなか難儀するだろう? 年頃の娘の住むところではない」
佐々木は同情的な目を伊織に向ける。
(随分はっきり言っちゃう人だな……。土方さんに喧嘩売ってるんだろうか……)
そろりと横目で見上げた土方の表情は、先から強ばる一方だ。
「あの、すみません。そのお話はまた後日、改めて……」
この場で是非を唱えるよりも、まずは土方の意見を聞きたかった。
「そうか。いや、急ぐ話でもないからな。伊織の思うところもあるのだろうし、我らも今日はこれで失礼しよう」
残念そうに少し息混じった声で佐々木が言うと、その隣の蒔田が初めて横槍を入れた。
「一度、二人で話をしてみてはどうだ? 同郷の縁から気も合うかもわからぬぞ?」
「それは良い。高宮君、こうおっしゃってるんだ、一度佐々木殿と二人で会ってみるのもいいじゃないか?」