第二十四章 千荊万棘【後篇】(8)
同じ座敷に着いていても、他とは一線を画した高みに在る人だ。
単なる目通りならばいざ知らず、こういう場に同席してみるとやはり天地ほどの身分の差を感じずにはいられない。
だが、それに怯んで声を呑み込むことは出来なかった。
「――恐れながら、殿」
「ふむ、何か意見があるようだな?」
「ばっ、……高宮、この馬鹿者! 殿様に御意見など……!」
傍らの広沢が咄嗟に伊織を咎め立てしようと向き直るが、容保はそれをあっさり却下する。
「よい、広沢。意見を聞こうではないか」
容保が軽く片手を振って制すると、広沢も渋々と言った様子で引き下がる。
「余が許す。申してみよ、高宮」
「……ありがとうございます」
伊織はその場で深く座礼し、今一度容保を直視する。
「殿のご意向は尤もな事と存じます。ですが、先程殿の仰せになられた通り、私は新選組の隊士。局長である近藤が京を離れております今、私が本陣出仕を延長するには副長土方の同意も必要かと」
些か声音は萎んだものの、伊織はそこまで言うと容保からの返答を待つ。
すぐ傍で広沢がまたぞろ何かを言いたげに口を開きかけたが、結局広沢が伊織を窘めることはなかった。
それに代わるように、容保が口を開く。
手にした扇子を閉じたまま、その顎に添えて天井を仰ぐ様子は、聊かの幼ささえ垣間見える。
「ふぅむ、それは一理ある、か」
意見を吟味しながら容保が溢した言葉に、伊織はほっと胸をなでおろす。
「それでは……」
「うむ。土方には余から使者を出し、事の顛末を報せるとしよう。それでよいな」
会津公直々が立てる使いならば、まず歪曲された説明がなされることもないだろう。
「はい、ご深慮に感謝致します」
伊織は安堵半分、だがやはりどこか複雑な思いも半分といったところだった。
***
詮議の対象である伊織と広沢が退場を許された後、調役の幾人かが神妙な面持ちで口を開いた。
「殿。これではいくら何でも示しがつきませぬぞ。広沢殿には兎も角、あのような小者に手ぬるい処分で済ませては、殿のご権威に関わります」
「同感ですな。内部の者ならばいざ知らず、外から入り込んで来た者には尚更、もっと重い罰を与えて然るべきと存じます」
彼らが腹に据え兼ねているのは、あくまでも伊織の所業であって、それを監督する立場の広沢ではないようだった。
容保の傍近くで控えていた名賀が反論しようと口を開く。
「! ちょっと、何ですって…!? 殿の下された処分に不満があるとでも!?」
「まあまあ、名賀。そう皆を責めるものではない」
のんびりとした口調とは裏腹に、容保は賺さず名賀の声を遮った。
気に入らない。
外部の者だからと、余計に罰を重くする必要がどこにあるというのか。
身内か否かは、罪の重さを左右するほどに重要なことではない、と名賀は思う。
「お止め下さいますな、殿!」
尚もそう言い募ろうとする名賀に、容保はすっと目を細める。
それは睥睨ではなかった。
宥めるような、優しく諭すような眼だ。
「……」
「よいか、名賀。この者たちの申し分も、余は解せぬではないのだ。処罰は、その罪状に比例させるべきものであって、此度のことは確かにそれなりの処罰を与えてよいものには違いない」
「それは……」
ぐっと言葉を詰まらせ、名賀は不満げに容保を見返す。
だが容保のほうはそれを気にかけた様子もなく、控えていた手代木に目配せた。
「新選組へ、急ぎ此度の顛末を伝えよ」
「御意」
手代木は容保の指示を受けて深く一礼すると、脇目を振る事もなく席を立った。
それを合図とするように、他の家臣たちも未だ渋面を作りながらも、次々と場を辞していく。
それを見送ってから、名賀は容保の真意を測るように視線を戻す。
残ったのは、容保と名賀、そして容保の背後に控えて沈黙を守る小姓の三人だけだった。
名賀の視線を受け、容保は些か疲れを滲ませた表情で微笑んだ。
「新選組の隊規というものは、至極厳しいものと聞いている。反すれば即刻粛清という、血の掟だ。そちは知っておるか?」