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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十四章 千荊万棘【後篇】(7)



 それ故に、その場の全員がぴたりと口を噤むのには充分な一言だったのだ。

「余の側室と、そこの佐々木は何やら別な問題で揉めておるようだが、今は時実の一件を詮議していたはず。そうだな?」

 しれっと澄ました面持ちで同意を求める容保に、一同は慌てて肯定の意を表す。

 一瞬前まであれほどに気を昂らせていた佐々木と名賀でさえ、ばつが悪そうにしつつも大人しくなったのだから、流石と言わざるを得ない。

 静かになった室内をくるりと視線で一撫でして、容保は満足げに笑う。

「此度の件について、余としては差控処分ということで収めたいと思うのだが。そうだな、五日ほどの公務差控、ということでどうであろうか」

「さっ、差控!? って、あの、それだけ……でございますか!?」

 仰天したのは何も調役の藩士たちだけではない。

 伊織も辛うじて声には出さなかったものの、暫時言葉の意味が分からなくなる程度には驚いた。

 軽過ぎる、と思うのは、周囲の面々の様子から判じても間違った感想ではないはずだ。

「うむ。此度の件に関しては、どうやら余の側室も浅からず絡んでおるようだしな。あまり事を荒立てたくはない」

「し、しかし、殿! それではいくら何でも……!」

 調役の一人が異議を唱えようとするのを、容保は片手で制する。

「仮にも、そこの高宮伊織は新選組隊士だ。幾ら我が手に抱えた組織だとて、これを切っ掛けに内輪揉めでも起こされては適わぬ」

 よって、公務差控を申し渡す。と、容保は鷹揚に頷いてみせる。

 容保は周囲の呆気に取られた様を存分に堪能するかのようにしてから、広沢へ視線を滑らせた。

「そちにも同様、公務差控を……そうだな、そちの場合、五日も引っ込んでいてもらっては支障も出よう。よって、広沢。そちの場合は二日くらいで良かろう」

 それまで呆然と容保を直視していた広沢は、その声に弾かれたように伏礼する。

「……は、仰せの通りに」

「だが。高宮、広沢の両名には、時実の捜索を命ずるぞ? 差控はあくまで公務に限る。何も蟄居せよというわけではないのでな、仕事はしてもらうぞ」

 少々声を張って命じる容保に、伊織は思わず広沢を振り向いた。

 広沢もまた顔を上げ、ちらりと伊織に視線を投げたが、すぐに再び平伏し、容保の意向に従う旨を挙措に表す。

 これだけ寛大な措置で済ませてくれよういうのだ、役人たちが再び異議を申し立てないうちに容保に従っておくほうが賢明だろう。

 そんな打算もあって、伊織も広沢の態度に倣い、その場で容保に対して頭を垂れた。

 が、容保は尚も鷹揚な声で続ける。

「……それで、高宮」

「はい」

 伊織だけを名指して、容保は面を上げるよう促す。

「そちの出向期間も当然、時実が見つかるまで引き延ばさせてもらうことになるが、構わぬな?」

「「ええっ!?」」

 途端、伏していた顔をがばっと上げ、伊織と広沢は同時に声を上げた。

「まあっ、それは良いお考えですわ、殿! もういっそのこと、伊織殿にはこれからもずっと、本陣へ詰めて頂くのが宜しいのではないかしら」

(ええええっ!? ずっと!?)

 容保の裁量に、名賀が目を煌めかせて賛同する。その上、とんでもない提案まで持ちかけている。

 ふと横を見遣れば、広沢も声には出さないものの、猛烈に嫌な顔をして名賀を見ていた。

(うわ。広沢さん、多分私と同じ事考えてるな……)

「何を驚くことがある。当然であろう? 時実を見付けぬまま、一人新選組に戻って何事もなかったように過ごすと申すのか?」

「……いえ、それは――」

 考えてもみれば、容保の言い分は尤もなことだ。

 責任らしい責任も取らずに、期間が終わればとっとと屯所に帰ってしまうなど、決して褒められたものではないし、誠実とは言えない行いだろう。

(でも、だけど……。それじゃあ近藤局長が帰って来るまでに間に合わない――)

 近藤が戻るまでの間、という期限付きでの黒谷出仕だ。

 容保に従えば、土方との約束を反故にすることになる。

 伊織は考え込み、暫時の後、改めて顔を上げた。

 身分の差を表すかのように、雛壇の上の容保とは相応の距離があるが、その表情を読み取れぬほどに遠いわけではない。

 伊織が真っ直ぐに容保の双眸を見据えても、容保は一切感情を揺るがさずに伊織を見返してきた。

 

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