第二十四章 千荊万棘【後篇】(6)
別に連れ立って歩く気など毛筋ほどもなかったのだが、黒谷の傍を通りかかった折にちょうど鉢合わせてしまった。
「沖田さん、あんた暇なのか?」
「ええ? 暇じゃありませんよ」
だったら何故ついてくるのか、と言ってやろうとした矢先、沖田の方が先に口を開いた。
「それで、何か見つかりました?」
「……何か、とは?」
にまにまとあからさまに含みのある顔が、斎藤の正面に廻り込むようにして覗く。
常々思うのだが、この男、何も知らぬ素振りで接近してくるが、その実どこまでも深く見通していそうに思えてならない。
「またまた、隠さないでくださいよ。調べているんでしょう? 高宮さんのこと」
「……まぁな。だが、調べたところで面白いものが出てくるわけでなし、退屈なものだ」
「へぇ、……っということは、もう大方の調べはついてるんですねぇ。流石は斎藤さんだなぁ、ほんっと、仕事が早いんだから」
「そうでもない。調べても何も出てこなかっただけだ」
事実、高木小十郎という男を中心に探ってみても、高宮伊織との間には何の接点も見出せなかった。
他の家中は無論のこと、足軽や中間に至っても、それらしい繋がりのある者は今のところ浮上していない。
「会津に的を絞って言う限り、高宮の足跡は奴が京に現れた頃からのものしか見当たらない」
「ふぅん。高木さんとは接点なし、ですか」
ふとそこで沖田の足が止まり、斎藤も釣られて立ち止まる。
「斎藤さんが調べても、接点の一つも出てこない。ってことは、やっぱりあの人……」
顎に手を添え、如何にも考え込む風を装うが、よく見ると沖田の目は然程に真剣ではないようだ。
が、斎藤がそう思った次の瞬間、沖田の目の色が明らかに変わった。
「……どうした?」
問いかけたが、沖田は顎に手を添えたまま、どこか一点を見つめてぽかんと口を開けている。
「……いやぁ、参ったな」
「? 何がだ」
「いえね、私、実を言うと、今と全く同じ状況に出くわした事があるんですよねぇ」
「はぁ?」
「ほら、あれ」
と、沖田の指差す先には、見慣れぬ格好をした女がいた。
いや、崖下の草叢に覆い隠されるようにして、倒れている。
「……何だ? あれは」
女が、こんな場所で行き倒れていることも不審だが、それ以上に不審な格好だ。
「本当に、何なんでしょうね? 実を言うと私、以前にもここで不審人物を発見した事があるんですよ。……ああ、でもあの時は面白そうなものだったんで、持って帰ったんですけどね。今回のは……どうしたものかなぁ」
あの時拾った物も、やっぱり奇妙な格好をした女子には違いなかったけれど――、と沖田は独り言のように呟く。
(……不審物を持ち帰ったのか。面白そうだというだけで)
沖田の口振りから察するに、不審物とは言っても物品ではなく、明らかに人間のことだろう。
不審人物を持ち帰る、というのは、つまり捕えて連行したということだ。
奇妙な格好をした、不審人物を。
(だが――、待てよ。そんな人物を、俺は一度だって屯所で見掛けたことはない……)
沖田が捕えて来ていたのなら、何かしらの詮議があったはずだ。
不審人物なら日頃からいくらでも捕えているし、然して珍しいものではない。だが、それが奇妙な格好の女子であるというのなら話は別だ。
普段捕える不逞の輩一人一人の件は覚えておらずとも、そういう珍しい捕物なら記憶に残らないはずがない。
沖田は過去に、この場所で何を――、いや、誰を拾ったのか。
斎藤は沖田の横顔を一瞥する。
表情から何かを読み取れるかと思ったのだが、沖田はほんの少し揶揄された時と同様に、半笑いの困り顔をするだけだった。
目の前に落ちている物をどうするか。
恐らく、考えているのはそれだけだろう。
斎藤は短く嘆息してから、草叢に倒れる女に目を向けたのだった。
***
「では、こうするとしよう」
不毛な遣り取りを続ける佐々木と名賀の間に割って入ったのは、意外にも会津を統べる存在、容保であった。
それまで特に口を挟むこともせず、ただただ詮議に耳を傾けていただけだった。