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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十四章 千荊万棘【後篇】(4)



 伊織への処分を侃々諤々と論じ合う、数人の調役を真っ向から見据え、佐々木はついにその沈黙を破る。

「各々方。伊織の後見人である私にも、一つ発言権を頂けようか」

 声音も重々しく、些か威圧的にさえ聞こえる佐々木の申し出は、容保の許可を得て即座に認められる。

「此度の所業とはまた別の話になるのだが、この機に是非、明らかにしておきたいことがございましてな」

 おや? と、伊織は首を傾げた。

 安堵感を覚えたのも束の間。それはすぐさま傾き、佐々木の口から告げられようとしている何事かに、俄かに不安が募り出す。

 そして次の瞬間、その不安は見事に的中することになった。

「この者、高宮伊織は、実を申せば女子でございまして――」

 この時、伊織の脳内はまっさらな雪原の如き白銀の世界になった。

 言うに事欠いて、なんてことを。

 佐々木を除いて、その場の全員がぽかんと口を開けた。

 驚いたというよりは、恐らく皆、瞬時に彼の発言内容を理解出来なかったのだろう。

「!!! ぉおぁっ!? さっ佐々木さ……!?」

 漸く声が出たと同時に、佐々木からは強烈な威圧を含んだ視線が投げ返される。

「おまえは黙っておれ」

「ちょっ、何を唐突にわけの分からんことを! いくら何でもそんな冗談を言っていい場所じゃないだろうっ!?」

 伊織の予想を遙かに上回った容赦のない暴露に、伊織の心臓は飛び跳ねる。

 言い返す言葉を吟味する間もなかったが、どう立ち回れば良いかだけは判る。

 とにかく誤魔化さなければ。

 因みに言葉遣いが些か粗暴になったことは、伊織の精一杯の「俺は男だ」という主張の表れだ。

 想定外の展開に、一瞬は声を失くした他の一同も、徐々にざわめき始める。

 中でも広沢に至っては、もう面白いくらいに引き攣り笑いをしながら、頭の先から爪先までを蔑むかのように眺めてくる始末。

「た……高宮っ。お主、佐々木殿の申すのは真なのか?」

「嘘です! 広沢さんまで不吉なことを言わないで下さい! こんな佐々木のおっさんの言うことを真に受けるんですか!? しっかりして下さいよ、ほんと怒りますよ!?」

 伊織は焦燥と狼狽に任せてやや浮き腰になり、そのままの勢いで佐々木を振り返ると即座に反撃に出た。

「大体なぁっ、あんたも私を庇おうってんなら、もう少し現実味のある嘘が言えんのかっ!?」

「黙れと申すのが分からぬかァ!!」

「……っ!」

 正面から喝破され、伊織は思わず乗り出していた身を引っ込めた。

「もう良いだろう……! こんなことをして、おまえに一体何の得がある? 何のためにおまえはここまでするというのだ!」

 思いがけない反問に、伊織はまたしても不意を突かれた。

 どうせいつもの暴走だろうと思ったのだが、今度ばかりはどうも様子が違う。

 佐々木の視線が、慨然として伊織の双眸を射抜いた。

「新選組隊士であり続けるためか? 或いは土方のためか? だがどうだ、ここまで進退窮まる事態に陥ってさえ、土方は愚か、新選組の誰ひとりとしてこの場に駆け付けた者はおるまい!」

 矢継ぎ早に捲し立てた佐々木の言葉は、そのまま太い杭となって伊織の心の臓を貫いた。

 衝かれるには、余りに痛過ぎる図星だったのだ。

(なんで――)

 どうして、佐々木がそれを言うのか。

 何故、彼はそこまで自分を新選組という組織から切り離そうとするのか。

 優しいかと思えば厳しく、厳しいかと思えば優しくもある。元々そういう表裏のある人だとは思っていたが、今回の言い様だけは嘗てないほどに深く、伊織の胸を抉った。

 何かを言い返そうと思うのに、何れも声にはならなかった。

 ここで遣り込められては、尚更周囲の疑念を煽ることになるだけ。

 そうと分かっていても動揺は治まらず、喉が震える。

「女子のおまえがここまでせねばならぬ理由とは何だ。万一にもこの場で詰め腹を切ることになっても、おまえは委細構わぬと申すか?」

「理由って、それは……」

 憤りとは裏腹に、このまま押し切られてしまいそうな形勢となり、伊織はたじろぐ。

「お待ちなさい」

 そこへ、新たな声が割って入った。

 この場にはそぐわない、柔らかな女声。

 思わず誰もがその声の主を辿り、下座を振り返った。

 打掛を掻い取り、するすると裾を鳴らして現れたのは、容保の側室、名賀であった。

 先日の清水で見掛けた姿とは違い、今日は会津二十八万石を背にするに相応しく、上品な趣向で着飾っている。

 

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