第二十四章 千荊万棘【後篇】(2)
それくらい、見ていれば分かる。
そして多分、あまり賛成したくないようなことを考え込んでいたのであろうことも。
嫌な予感が頭を擡げるものの、佐々木の深刻な面持ちにやや気圧されて蒔田は口を噤む。
「蒔田。ここで動かねば、私は生涯悔いを残すことになろう」
低く重厚感のある声音は、決意の固さを物語る。
「自分でも解せんのだが、何故かあれを放っておくことが出来ぬのだ。たとえあれが私を必要と思わずとも、それでも――。あれのために何かしてやりたいと思えてならぬ」
「佐々木、お主……」
「本音を申せば、剣など教えたくはない。あれには、女子として生きる道を残しておいてやりたいのだ。刀を振う必要など、あれには本来あるはずもないのだから、な」
珍しく深い憂いの籠った佐々木の眼に、蒔田もほんの少し心を動かされそうになる。
心底から伊織を案じていることは、間違いなさそうだ。
「今ならば、まだ引き返すことが出来るはずだ。詮議の場であれが女性であると公にしてしまえば、或いは……」
至って真面目に話す佐々木の顔を、蒔田は思わずぎょっとして見返した。
それこそ、とんでもない。
そんなことをすれば、容保をはじめ会津の重臣を欺いた罪をも問われることになるのだ。
蒔田の抱いた危惧を見透かしてか、佐々木はふと薄い笑みを零す。
「このまま新選組に留まるか否か……、あれの幸いを願うならば、選ぶまでもなく答えは決まっておるだろう」
「正気か? お主の言動一つで、伊織の将来は容易く変わってしまうぞ。大体、そんなことをすれば土方が黙ってはおるまい?」
「愚問。私は土方をそれなりに見どころのある男だと思っているが、伊織の処遇に関して溜飲を下げた覚えは一度もない」
きっぱりと言う割りに、佐々木の眼差しに一瞬の揺らぎが見えた。
「……お主がどうしてもと申すなら、止めはせぬ」
だが、と蒔田は語調を強める。
「それが本当に伊織のためになることなのか――、今一度よく考えてみることだ」
言い置き、蒔田は悠然と部屋を出ていく。
佐々木はそれきり、何も語ろうとはしなかった。
***
時実が目の前で消えてから、幾日が経ったか。
容保の愛鳥がいなくなったことに、皆が気付かぬ道理はなかった。
失踪当日に、伊織は謝罪を添えて事の顛末を報告していたが、詮議の日までただ手を拱いていたわけではない。
こうなっては最早、出仕以前の問題である。
清水寺を中心に、方々を捜し回った。
報告を受けた梶原や広沢までもが、人手を回して捜索に当たってくれたのだが、それも徒労に終わろうとしている。
伊織自身も見つかる確率の低いことを承知の上で捜索を続け、結局、今日の今日まで時実の影すら見つけ出すことは叶わなかったのである。
見つかるわけがなかった。
風の中に溶けるように、落葉の始まった木々の間で消えた時実を、この目で見たのだから――。
***
そして今。
伊織は険しい面持ちの錚々たる顔触れに囲まれて、広間の中央に据えられていた。
広間には、梶原や広沢、そして手代木といった公用方の人間が顔を揃えており、伊織の後見を引き受ける佐々木の姿もあった。
他にあまり見ない顔も幾人か並んでいるが、その見慣れぬ面々こそが今回の調役なのであろうことは、何となく理解出来た。
だが、それよりも。
伊織をぎくりとさせたのは、広間正面に鎮座する肥後守の姿だった。
詮議は内々のものと聞かされていただけに、その存在はいよいよ伊織の緊張を高めたのである。
そこに止めとばかりに、土方や沖田といった新選組の人間は皆無。
報せは届いていると思われたが、姿がないのはどういうわけか。
否が応にも不安がせり上がる。
(結構な一大事なのに……)
確かに我儘を通して黒谷に出仕してはいるが、それでも伊織が新選組に属しているのに変わりはない。
この場に現れないのは、単に本陣での不始末は本陣の裁量に任せるという方針故か、それとも――。
(……もしかして、見捨てられた?)
想像したくはなかったが、悲しいかな、土方ならばそれが誰であれ、足手纏いはあっさり切り離すことも辞さない。そんな気がする。