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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十四章 千荊万棘【後篇】(1)




 十月に入り、数日が経ったその日、壬生の新選組屯所へ俄かには信じ難い報せが入った。

「そいつは一体どういうことか、詳しくお聞かせ願おうか」

「詳しくも何も、今申し伝えた通り。詮議は明日我が本陣にて内々に行われることと相成った」

 土方を訪ねて屯所に姿を現したのは、会津藩公用方の広沢安任だった。

 その場に同座する沖田も、流石に仰天して目を白黒させている。

「ちょっと待って下さいよ、何だって高宮さんが詮議を受けなきゃならないんです!? 大体公用方に出仕していただけで、会津公の鷹匠を仰せつかったわけじゃないんですよ!」

「よせ、総司。理由はどうあれ、あいつがたとえ一時的にでも鷹を任されていたんなら、詮議は受けて然るべきだ」

「土方さんまでそんな……! あの人はうちの隊士です、私たちの同意なく勝手な処罰を下されては困りますよ!」

 喰い下がろうとする沖田を、土方はもう一度、今度は言葉短く窘めた。

 広沢は持て成しの茶に手を付けることもなく、端的に用件だけを述べると、右脇に置いた二本に手を触れる。

 もうそろそろ退出する、という素振りだ。

「詮議の場には、望むなら貴殿らの席も設けよう。来るか来ぬかの判断はお任せする」

 返事を待たずに立ち上がった広沢を、土方は座したまま呼び止める。

「広沢殿」

「何だ?」

 踵を返そうとした足を止め、広沢は自然、上から見下ろす形で土方を見遣る。

 土方もまた、広沢を見上げて険しい視線を投げた。

「あれは自らの意思で本陣に赴き、本陣で失態を犯した。そもそも新選組は会津の配下だ。ならば、会津のやり方で充分に詮議した上、相応に裁いてもらって構わない」

「土方さん!?」

「そうか……。いや、何も高宮ばかりを吊るし上げようという詮議ではないのだ。高宮を預かった私の監督責任も問われるのでな。私もそれなりの処罰を覚悟している」

 険しい面持ちで言い、広沢は一呼吸置く。

 そしてやや苦笑するように口角を上げた。

「お主もなかなか厳しい男だな。……いや、あるべき正しき判断が出来る男、と申したほうが良いか」

「……」

 広沢の言葉に揶揄の色はなく、煽り立てるような挑発を滲ませることも一切ない。かと言って、称賛めいたものを感じられるわけでもなかった。

 土方は眉ひとつ動かさず、ただ視線のみを以って返す。

「まあ、裁かれるかどうかは明日の詮議次第。仮に高宮が故意に時実を逃がしたのだとしても、鷹の一頭や二頭で命までは取られまいよ」

 広沢は最後にそう言い置いて敷居の外へ出て行った。


     ***


 同じ頃、見廻組幹部であり、伊織の後見役を引き受けた佐々木の許にも、同様の報が入っていた。

 が、佐々木は報せを持って来た使者がその場を辞した後も然程の動揺はせず、寧ろ冷静沈着として思案に暮れているようだった。

 使者の去ったその部屋で、腕を組んだままどっしりと腰を落ち着ける佐々木の様子を窺いつつ、蒔田は声をかける。

「おい、佐々木。先程から随分と真剣に考え事をしているようだが、こういう場合は下手に動かぬほうが良いぞ」

 日頃追い掛け回している伊織の窮地だというのに、佐々木の反応があまりに静か過ぎる。

 蒔田としても出来れば関わり合いにはなりたくなかったが、一応釘を刺しておいたほうが良さそうだと判断したのである。

「肥後守は暗君ではない。愛鳥の失踪ぐらいで重罰を科したりはせぬはずだ。そもそも、本当のところはまだはっきりと分からぬのだろう?」

 佐々木を窘める材料を、蒔田は次々投入する。

 だが、佐々木はさっぱり耳を貸す様子もなく、真剣な眼差しを畳の一点に留めて、暫時黙したままだった。

 何となく、妙な空気を纏っているようにも見える。

「……おい。返事くらいせんか」

 堪りかねて声の調子を落とすと、佐々木は漸くその視線を蒔田に向けた。

「む、悪い。聞いていなかったわけではないのだが、少々考え込んでいた」

 

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