第三章 合縁奇縁(3)
「仲裁に入ってくれた人は、確か佐々木さんと蒔田さんという人でした。年は多分、どちらも土方さんや局長と同じくらいじゃなかったかと……」
土方が呼んでいた名を思い起こし、近藤に知らせると、近藤の顔が明らかに険しくなった。
「私は見廻組かな、と思ったんですが、確認まで出来ないまま戻ってきてしまって」
「確認も何も、見廻組で間違いなかろう」
「それじゃ、あの二人は……」
「佐々木も蒔田も、見廻組の幹部だよ」
言って、近藤は長い溜め息を漏らした。
見廻組の幹部、ということは、あのどちらかが見廻組与頭、佐々木只三郎。
伊織もその名は知っていた。
反対に蒔田という名は、この日初めて聞いたものだったが。
一人は中肉中背といったところで、こちらは糸のように細い目が特徴的だった。
もう一人は土方並に背が高く、割合がっしりと鍛え上げられた武骨な風貌が印象に強い。
一体どちらが佐々木だろうか、と伊織は考える。
ただ、どちらにせよ威圧感があって近寄り難い人物だなとは思った。
「まったく。困ったことをしでかしてくれたものだ」
渋面を作る近藤に、伊織は少なからず同情する。
「けど、事故のようなものじゃないですか。幸い死者は出ていませんし、きっとすぐ和解出来ますよ」
そう言ってはみたものの、近藤には気休め程度にしか取れなかったであろう。
「うむ、そうだなぁ」
と、口で笑いながら、近藤の太い眉はしっかり八の字を書いていた。
「それじゃあ、私はこれで失礼します。もう一度現場に行ってみますね。土方さん一人で大変だと思うので……」
「ああ頼むよ。こちらでも医者を呼んでおくから、ひとまず全員隊に戻るよう伝えてくれるかね?」
「解りました」
***
その日、夜になって、伊織は局長室に呼ばれた。
それも何故か、女装で来いというのだ。
用件が昼間の事件であることは易く察しがついたが、局長室に揃った顔触れを目の当たりにした時、伊織は我が目を疑った。
「あぁ、来てくれたか」
にっこりと笑って、軽く手を挙げる近藤。
それから憮然とした顔の土方。
その二人がいることは当然ながらわかる。
だが、局長室で伊織を待っていたのは四人。
「佐々木さん、と……蒔田さん」
どちらがどちらであるかは判然としないが、彼らもまたそこに座している。
女装をしてくるようにと言われたのには、この理由があったのだ。
昼間は女だった土方の小間使いが、夜には男になっていたとあっては、少なからず驚かれる。
佐々木と蒔田には本来のままの女子として通すのか、あるいはこれから二人に事の真相を打ち明けるのか、伊織は自然身構えた。
「何かご用でしょうか?」
部屋の入り口で正座し、改まった口調で近藤を見る。
近藤に、昼間の悄然とした様子は、この時露ほども残ってはいなかった。
(昼間の斬り合いのことは、もう和解したのかな……)
今は揚々たる笑顔の近藤からは、示談がうまくいったものと思えるのだが、土方の渋い表情を見るとそうとも言い切れないようなのだ。
「うむ。実は佐々木殿より、君に良いお話をいただいてなぁ」
「良いお話、ですか……?」
てっきり昼間の話を出されると思っていたが、どうもそれとはまた別な話であるらしく、伊織はきょとんとして近藤の目を見返した。
「まあ、そんなところに留まらずに、こちらに来るといい」
近藤に手招かれ、伊織は土方の近くにまで進んで座り直す。
良い話とは言われたものの、場の雰囲気がどうにも胡散臭くて、伊織は何かしら嫌な予感を覚えた。
伊織が入室しても、土方は一度も伊織を見ようとしない。それがますます疑念を煽る。
「それで、私にお話というのは……?」
土方を諦めて、伊織は怖ず怖ずと近藤に尋ねる。
「実はだな、佐々木殿が……」
「近藤殿、その先は私が直接話そう」
そう言って近藤の話を遮ったのは、背も高く筋骨逞しい男の方であった。