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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第三章 合縁奇縁(2)


 新選組の平隊士が、彼らを敵と間違える可能性は充分にある。

 伊織は迷った。

 止めに入ったほうが良いのではないか。

 だが、果たして彼らが自分の言葉に耳を傾けてくれるかどうか、正直自信はない。

 土方が入って終息へ向かうかと思われた乱闘は、一向に区切りを見せない。

(迷っている暇はない! 死人が出てからじゃ取り返しがつかない!!)

 思った瞬間、刀で押し合っていた土方の背後に、別の白刃が閃き上がった。

「土方さんっ!!」

 叫んだ時には、伊織は既に鉄扇を手に飛び出していた。

 元々小柄なだけあって、土方の背に滑り込むのは難なく、閉じたままの鉄扇で降り懸かる凶刃を跳ね上げた。

「気をつけてよ、土方さん!」

「あぁ、すまねぇ──って、馬鹿! 出てくんなよ、危ねぇな!!」

 言っている間にも、伊織は土方の背で二の太刀、三の太刀を受け流す。

「どかぬか! 邪魔をすれば斬るぞ!!」

 目前の武士が伊織に凄む。

「待ってよ! 敵じゃない、新選組なんだってば!!」

 周囲からの金属を弾き合う音も、依然として止まない。

「だからどうだと言うのだ!! 先に仕掛けて来たのはそちらだろう!!」

 対峙する男のこの言葉に、伊織は自らの考え違いであったのかと思いかける。

 そこに、思いがけない援護が入った。

「やめぬか!! 味方同士で何を斬り合う!!!」

 『敵ではない』という伊織の言葉を力強く補佐する声。

 それを機に、あれだけ勢いに乗っていた剣戟が嘘のように止んでしまった。

 仲裁に入ったのは、まだ年若そうな武士二人。

「市中警護にあたる者同士が、何故あって斬り合わねばならぬ!!」

 格式張った声で恫喝され、且つ誤謬を正されたことで、双方一同がその場に立ち尽くした。

「佐々木殿、蒔田殿……」

 と、土方が二人を呼ぶ。

「土方君、お主までもが、どういうことだ?」

「斬り合いにまで及んだ経緯を教えてもらいたい」

 極めて冷静に問う二人に対し、土方は刀を収めて隊士たちを見回す。

 奇跡的にどちらの側にも死者はなかったものの、やはり中には重傷を負った者もある。

「申し訳ないが、それよりもまず怪我人の手当を先にしたい。この件についてはまた改めて話し合いの場を設けましょう」

 二人にそう伝えてから、土方は伊織に目を向ける。

「屯所まで戻れるな? 急ぎ局長に報告してくれるか」

「あ、はい。わかりました」

 今来た道を屯所まで戻るくらいなら、迷わずに行けるだろうが、佐々木と蒔田の雰囲気に何か後ろ髪を引かれる。

 だが副長の指示とあらば従うほかなく、伊織は軽く一礼すると屯所の方向へと走った。


     ***


「局長!! 失礼します!」

 大急ぎで壬生の屯所に帰り着くと、伊織は脇目も振らずに局長室へ飛び込んだ。

「高宮君か、どうし……ど、どうしたんだね、その格好は」

 緊急事態で慌てるあまり、女装していることをすっかり失念していた伊織である。

 近藤に指摘されたことで、伊織はやっとそれを思い出した。

「あぁっ!? す、すみません! いますぐ着替えてきます!」

「いやいや、今は俺一人だから構わんが……」

 着替えに戻ろうとした伊織を近藤が宥め引き留める。

 伊織が土方の小姓と監察見習いを兼任することは、試衛館以来の同志には既に知れていたが、実は女子であると知る者は今のところ土方、近藤、沖田の三人だけだ。

 伊織の女装姿を他の隊士の目に触れさせては、やはり都合が悪いのだろう。

「いくらトシが個人的に雇ったとは言ってもだな、新選組にいる以上は慎重に行動してもらわんと困るぞ?」

「……以後、気をつけます」

 土方と違って、近藤はあくまで穏やかに注意を促す。

 伊織も近藤の言葉を真摯に受け止めたが、すぐに本来の用件の陳述に移った。

「それで、実は少し困ったことが……」

 伊織は先に見たことのすべてを委細ありのまま報告した。

 と、その間、そういえば斬り合った相手が本当に見廻組であったかどうか、確認せぬまま現場を離れて来てしまったことに気付く。


 

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