第二十一章 各人各様(1)
――天保五年、多摩郡上石原村の富農宮川久次郎の三男ととして生まれた宮川勝五郎は、十五歳で近藤周助の道場「試衛館」に入門した。
普通目録を与えられるまでには、入門から三年はかかるところを、勝五郎は約八ヶ月で与えられたというから、まさに天賦の才ともいうべきものだった。
その後、勝五郎は天然理心流三代目・近藤周助の実家である島崎家の養子となる。
同時に勝太と改名し、安政二年には「勇」と名を改めた。
後、正式に近藤家の養子となり、近藤勇を名乗るのである――。
***
江戸、試衛館道場。
新選組局長近藤勇率いる江戸東下組は、新選組の原点とも呼べる試衛館道場を拠点として、新たな隊士の徴募に努めていた。
「近藤先生!」
近藤が尾形と二人、道場で談笑していると、飛び抜けて明るい声がした。
「伊東先生から、明日にも道場へお招きしたいとの旨、託って参りましたっ!」
輝くばかりの笑顔で告げたのは、藤堂平助であった。
彼もまた、元々は試衛館の食客である。
近藤らが江戸に下るよりも少しばかり先行して、この藤堂を江戸に下らせていたが、この一言を受けて漸くその甲斐があったと近藤は思った。
「そうか、伊東殿にお会い出来るか!」
「やりましたね~、近藤先生!」
「うんうん、そうか。よく取り付けてくれたな、平助!」
近藤は思わずがっしりと藤堂の手を取って喜んだ。
「伊東先生はなかなかに良い感じですよ。頭の良い人ですが、穏やかで何にも動じない腰の据わった人です」
「そうか、いやそれは重畳。早速明日一番に伺うとしよう!」
「じゃあ明日は俺もお供させて下さい!」
藤堂の申し出を、近藤は二つ返事で了承した。
近藤は、更に続けざまに後ろに控える尾形を見る。
特に吉報を喜ぶでもなく、いつものように沈着な面持ちで控えていた尾形は、何となく嫌な予感を覚えた。
「尾形君、明日は是非君にも同行してもらいたいのだが……」
近藤は、にこにこと上機嫌で尾形を誘う。
(来た来た)
「かまわんかね?」
近藤は尾形に問いかけるが、勿論尾形が誘いを断ろうはずもないことを知った上である。
有無を言わさぬというよりは、当然ついてくるのだろうと踏んだ語調だ。
「ご一緒してよろしいので?」
「勿論だとも。君も学に秀でた優秀な逸材だ。俺とともに伊東殿の人物をとくと拝見してこようじゃないか」
近藤の一言で、尾形は内心吐息を漏らす。
この調子では、恐らく明日も伊東に対して議論をふっかけるのだろう。
(畢竟、万一伊東に論破されそうになったら助けろ、ってことか)
近藤は昔から学問にも興味が深いらしい。
だが、このところはその傾向が一層顕著だ。
偉人というものが大好きで、自らもまたそうなろうとしている。
議論好きは今に始まったことでもないが、池田屋事変や禁門の変を経て新選組が一躍その名を轟かせてからというもの、隊の内外問わず議論を持ちかけることが多くなった。
明日に会談を控えた伊東甲子太郎という人物は、水府の学を学び尊皇攘夷思想を掲げるという。
近藤は伊東に新規入隊を請うつもりでいるらしいが、正直なところ、尾形にはあまり気が進まないものだった。
「……分かりました。お供仕ります」
「やあ、良かった。それじゃあ尾形君、明日はよろしく頼むよ」
「因みに武田さんは」
ともに江戸へ来ている武田観柳斎も同行するのかと尋ねれば、近藤は満足げに深く頷いた。
「うむ。武田君にも同行してもらおうかと思っている」
(はー、あれも連れて行くのか……)
尾形は心中深いところで、げんなりと溜め息を吐いた。
***
「ああーーー、暇ねぇ」
「ピッピィ~」
「暇すぎるわね」




