第二十章 愛別離苦(10)
伊織は
ぎくりと硬直した。
どこまでも心の中を見透かしているような沖田の目を、今直視することは出来なかったのだ。
まるで自分が父母を恋しがってべそをかく幼子のように思えて、正直なところ気恥ずかしい。
そして、沖田が優しげな言葉をかけてくれればくれるほど、どうしようもなく現代が恋しくなって歯止めが利かなくなりそうな気がした。
俯いたまま一向に顔を上げようとしない伊織に、沖田はついに根負けした。
「ま、会津様に出仕中ですからね。私も今日はこのまま戻りますが、またそのうち遊びに来ますよ。高木さんのこともありますし」
「ああ、はい。今日はお力になれなくてすみませんでした」
沖田の様子が漸く普段の飄々としたものに変わったことを察し、伊織もここで久し振りに視線を上げた。
「あはは、あなたが謝る事はないでしょう?」
沖田は軽く声を上げて笑い、けれどまたすぐ笑声を抑える。
「もし貞さんのことで何か分かったら、教えて下さい。些少の事でも高木さんにとっては有り難いでしょうから」
宜しくお願いしますね、と穏やかな調子で言い、沖田は最後にぱしぱしと伊織の肩を叩く。
それが、伊織の心中を見抜いているであろう沖田の、せめてもの励ましであるらしかった。
伊織が何かを答えるよりも早く、沖田は「それじゃあ」と片手を軽く挙げ、伊織の傍を離れた。
伊織は暫く、松風が寂しげに鳴るのを、遠くに近くにと聞きながら、そこに立ち尽くしていた。
【第二十章 愛別離苦】終
第二十一章へ続く