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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二十章 愛別離苦(9)



 拍子抜けなほど、高木の様子は一転していた。

 高木は打ち沈んだ面持ちのまま踵を返すと、力ない足取りでその場を去り始める。

「えっ、あの、ちょっと?」

 特に引き止めなければならない理由もないのに、伊織は思わず声をかけてしまった。

「高木さん、もういいんですか? もうちょっと他に尋ねる事とか相談とか、ないんですか」

 立て続けに沖田が言うと、高木もほんの少しばかり立ち返り、明らかに気落ちした声で返す。

「すまんが、日を改めようと思う。今日はこれで失礼する」

 ぼそりと呟くと、高木は目も合わせずに踵を返した。

(……嵐のような人だな)

 唐突な展開に多少動揺した余韻もあってか、伊織は呆然とそれを見送った。


     ***


「あーあ、行っちゃいましたね」

「仕方ないじゃないですか、私はあの人の娘じゃないんですから」

 まるで自分が高木を苛めて追い払ったような後味の悪さを感じたが、あの場面ではとっさに他の返答は浮かばなかったのだから仕方がない。

 もし仮に何か高木を気遣う言葉をかけたとしても、下手な慰めにしかならなかったかもしれない。

「随分気落ちしちゃったみたいですねぇ、高木さん」

 沖田の口調は何か含みがあるとは思いがたいものだったが、伊織はそれに相槌を打つことが出来なかった。

 行方不明の娘を捜す親。

 それだけで自分の身の上を改めて思い知らされた気分だった。

 ここに元気で暮らしていることを、どうやっても知らせることが出来ない。

 恐らくは、平成の現代に住む自らの両親も、きっと今の高木と同じなのだろう。

 そう気付けば、今からでも高木の後を追い、何か言葉をかけたい衝動に駆られた。

 だが、伊織の足は何故かぴたりと地面に貼りついたまま、高木の去っていくほうへ踏み出すことが出来なかった。

 脳裏を、現代の光景が駆け抜けていく。

 通い慣れたはずの校舎、制服姿の友人、住み慣れた町、住み慣れた家――。

 無駄が出るほどに明るかった両親の顔が瞼に浮かんだ。

 伊織は徐に自らの纏う小袖の袖口を引き延ばし、ぼんやりと眺める。

 現代にいる頃は憧れて止まなかったこの時代に、放り込まれて早幾月。

 もはや現代で暮らしていた頃の記憶が遠い昔のことのように感じられた。

 無性に懐かしく、寂寞の念に駆られた。

「……元気にしてるのかな」

「はい? 何です?」

 沖田に問い返され、伊織は漸く現実に引き戻された。

 はっと顔を上げれば、沖田が怪訝そうな面持ちでこちらを見ている。

 家族の顔を思い描くうちに、ついぽつりと脈絡のないことを呟いてしまったらしい。

「あっ、何でもないです。こっちの話です」

 首と両手を慌てて左右に振るが、沖田は腑に落ちないといった表情で見返すばかり。

「ちょっといろいろ思い出してしまって。すみません、今の独り言ですから聞き流し……」

 早口にそこまで言い、いつものように笑おうとした矢先だった。

 ほろりと一滴、伊織の頬を伝った。

「うわ!? すっ、すみません、ほんと何だろう。ちょっと目にゴミでも入ったかも…!」

 無意識の落涙に、寧ろ伊織自身が狼狽してしまった。

 咄嗟に拭い去ろうと強く頬を擦れば、袖の木綿生地がヒリヒリと肌を焼く。

 沖田も僅かに驚いたようだったが、やがて小さく笑うと、伊織の頭上に軽く手を乗せた。

「ああ、そうでしたね。あなたも父上や母上と会うことが出来ないんでしたね」

「あああ、そういうんじゃないですから」

 十七にもなって、父母に会えないことを理由に人前で泣くことに羞恥を覚え、伊織は殊更強く頬を擦る。

「別にいいじゃないですか。肉親の情とは、そういうもんですよ。会えもしない、声も届かない、ましてや自分の安否も知らせてやれないのでは、切なくなるのも当然です」

「……いやだなぁ沖田さん。そんなんじゃありませんよ、もう私だっていい年の大人なんですから」

「まったくもう。高宮さんも頑固なんだからなぁー……。だったらなんで私の目を見ようとしないんですか?」

「……」


 

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