第二十章 愛別離苦(2)
我が子も同然の可愛がりようである。
容保は義理の姉からの贈り物だと思って可愛がっているのだろうが、この徹底振りには伊織も少々面食らった。
容保にとって、照姫とはどういう存在なのか。
ただの義姉であるはずなのだが、それ以上の思いがそこにあるように思えてならなかった。
(それだけ照姫様が心の支えになってる、ってことかな……)
姉弟の込み入った事情に介入する口など、当然伊織は持ち合わせていない。
よって、伊織は内心で勝手にそう納得する。
容保自身の支えとなり得るものは唯一、幼き時分から身近に過ごした照姫だけなのだろうか。
彼女から贈られた愛鳥を見る容保の眼差しは穏健で、微笑ましいようにも思える。
だが、こうして病床に就く容保の姿は、暗に会津藩の末路を示唆している風にも感じられた。
今はまだ、長州藩こそが逆賊と呼ばれている時世だというのに。
(時尾さんがあんなこと言うから……)
容保に心許無げな印象を拭い去れないのは、時尾から守護職退任の是非を強く言い聞かされて間もないからだろうか。
「伊織殿? どうした」
いつの間にかぼんやりと物思いに耽っていたらしい。
梶原に声をかけられたお陰で、遠のいていた二人の気配が急に近くなった。
いえ、と首を横に振り、伊織は居住まいを正した。
すると、再び話を元に戻したらしく、容保は不意に伊織へ話を振る。
「伊織、そちはどのような名が良いと思う」
「! えっ、ぇーーと……」
突然そんなことを問われても、今まで「ピヨ丸」で馴染んでいたせいか、特にこれといったものも浮かばない。
「と、時に、殿の御愛鳥は照姫様よりの贈り物だとか……。それならば、照らす、という字を入れるのは如何でしょう?」
すると容保は、さも意外そうな面持ちで伊織を凝視した。
もしや何かまずいことでも口走ってしまっただろうかと、伊織は反射的に身構えてしまった。
が、容保はすぐに普段の柔和さを取り戻し、微かに笑った。
「よく知っているな。如何にも、鷹の雛は照姫より余に贈られた」
言って容保はその膝にどっしりと圧し掛かる鷹に視線を落とす。
その仕草は、どこか憂いを含んで目を伏せたようにも見えた。
「確かに、照姫より贈られたものだと、あの時は疑いもせなんだが……」
容保は一拍置いて、伊織に視線を戻した。
そうして一つ頷いたかと思うと、容保はふと独り言のように呟く。
「ときざね……」
「は、……それは?」
梶原が問うと、容保はちらりと梶原にも視線を向ける。
「時の真実、と申す意味で、時実とはどうだろうか」
伊織は思わず、隣の梶原と顔を見合わせた。
今し方伊織が提案した「照」の字は、全く含まれていない。
(却下ですかい、容保様……)
自ら尋ねておいて、伊織が提案した矢先にいともあっさりと無視した意見を述べる容保。
だが、伊織の気にかかったのは、それではない。
時実の名のうちに、時尾と同様の一字が見られることに引っ掛かりを覚えていた。
(もしかして、ピヨ丸の本当の飼い主が時尾さんだって、容保様は知っている――?)
少々勘繰りも混じるが、まるきり時尾を除外視して名付けたものではないように思えた。
「さて、どうだろうか? その方らの賛同がなければ別な名を考えようと思うが」
「あ、ええ……そうですね。私は良き御名と存知ます。ねぇ、梶原様」
咄嗟にそんな返答をしつつ、伊織は梶原にも同意を求める。
するとやはり梶原も同じく諸手を挙げて賛成の意を示した。
「そうか、ならば名は時実で決定であるな!」
容保は顔を綻ばせて言うと、掲げるようにその腕に鷹を止まらせた。
一先ずこれにてピヨ丸失踪は一件落着、漸く公用方に戻れる。……と、伊織が安堵した矢先だった。
「伊織、これよりはそちに時実の世話を任せたいと思うのだが……。引き受けてくれるか」
「はい! それはもう……」
安堵で笑顔になっていた伊織だが、つい口走った自らの返事の途中で声が萎んだ。
「な、なんですと?」
「今、はい、と申したな? 余はしっかりとこの耳に聞いたぞ」
「いや、それはその、つい条件反射で」




