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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十九章 契合一致(6)



 一瞬のうちに重たい考えが脳裏を占めた。

 しかしそれも、時尾の声で半ば無理矢理に心の深層に埋め戻される。

「私がいろいろと事態を把握出来るようになったのは、あの本棚のお陰ね。自分が未来にいるんだって、漸く実感したし。おまけに自分の寿命や、将来の結婚相手まで分かっちゃったものね~」

 後半の一言で時尾が、やれやれ、という風に眉を八の字にする。

「そして一月経った後くらいかしら。本物の伊織って子もさっぱり出てくる気配がないし、私は数日おきに病院とやらに通わせられていたんだけど、そこで急に眩暈がしてね。こう、くらくらっと」

 言いつつ、時尾は眩暈に襲われる身振りを見せた。

「そっからまた、意識が途切れて。闇の中を歩いている夢を見ていたことは覚えてる。で、ふと気付いたらコレよ」

「こ、コレ?」

 何のことかと思えば、時尾は両手を広げて着物の袖端をピンと張って踏ん反り返る。

「気付いたら、この時代に帰ってたのよ。しかも実体のない状態で」

 はじめは元の時代に戻れたのだと大喜びしたそうだ。

 場所は、清水寺の舞台の縁だったという。

「目が覚めたのは夜中だったけど、そりゃもう素っ飛んで黒谷に行ったわよ。けど……」

 その先に出る言葉は、伊織にもすぐに分かった。

 誰も、時尾の姿を目に留めることはなかった。

 誰に声をかけても、返事は愚か振り向いてさえくれなかった。

「その時の私の絶望さ加減ったら、言葉になんて出来ないわ」

 舞台で目覚めた時には、今まで未来に行って、長らく誰かと間違われたまま記憶喪失扱いされていたのが単なる悪夢だったのだと思えた。

 その矢先に、次なる試練が訪れた。

「正直、泣いたわね」

「……」

 時尾は努めて明るく話そうとしているようだが、時折言葉の合間に隠し切れない悲嘆が垣間見える。

 相槌に困ったが、伊織はそれでも真剣に耳を傾けた。

「途方に暮れて京をうろついて、適当に黒谷を塒にして――」

 そしてある時、時尾はおもしろいものを見つけた。

 黒谷に訪れた、時尾と瓜二つの新選組隊士だ。

 容保公に目通ったその人は、さらに高宮伊織と名乗ったのである。

「ぶっちゃけびっくりしたわよ~。人違いの張本人だって確信したわね! しかも何だかいっちょ前に武士気取って、柴の切腹は納得行かないだの何だの言ってるし」

「……そんなとこから見てたんですか」

「やーね、見えちゃったのよう」

 そうして、そこからはもう伊織の知るところだ。と、時尾は結んだ。

 彼女は一仕事終えたような、気の抜けた顔で長い溜息を吐く。

 いつだったか、時尾が言った言葉の意味が、よく解った気がした。

 ――私があなたを呼んだんだよ。

 それは、計らずも互いの生きる時代が入れ替わるという事態を引き起こしてしまったこと。

 ――死んでるような、死んでないような?

 この時代では既に亡き人とされている。

 だが、実際には遥か先の未来でしっかりと生きているのだ。

 昨今の京では、いつ誰が消えてもおかしくない。

 遺体が見つかっていない状態のまま、死んだと判断されてしまったのだろう。

「時尾さん」

「うん?」

「やっぱり、私とあなたとは、前世と来世とで目に見えない何かで結びついているのかもしれませんね」

 冷静になって考えてみる。

 生きる時代を入れ替わったり、ここまで酷似した容姿をしていたり。

「時尾さんがこっちに戻った頃、私もちょうど池田屋で昏倒していて……、闇を歩く夢を見ました。誰かが私の名を呼んでいる声も、夢現で聞いていた」

 こうして並べてみると、両者の間に何もないはずがない。そんなふうに思えてならなかった。

 以前時尾が直感とやらで告げたらしい「生まれ変わり」説も、あながち馬鹿に出来ないかもしれない。

 ごくごく自然に、そんな言葉が口をついて出た。

 だが、時尾は無言で立ち上がり、空へと片腕を伸ばす。

 やがて、風を切る羽音を響かせて、鷹が舞い降りた。

 腕に成鳥となったピヨ丸を止まらせると、時尾は眉根を寄せて睨むような目付きで伊織を見据えた。

「そう思うのなら、会津へ戻って」

「……え?」

 今までも度々耳にした事のある、時尾の要請。

 会津へ帰れ、と。

「会津を救おうとは思わないの? 書棚にあれだけ並んでいた本が飾りでないのなら、会津藩の末路くらい知っているんでしょう」

 ころころとよく表情の変わる人だが、今見る時尾は、これまでとは格段に気迫が違っていた。

 鬼気迫る面持ちと形容するに相応しい。

「誰の目にも映らない私では、どうにも出来ない。一日も……いいえ、一刻も早く守護職を退かなければ、会津の末路は変えられないわ」

 澱まず言い放った時尾には、思わず尻込みしてしまうような威圧感が漂う。

 伊織は、今日何度目かも知れない絶句を強いられ、ただただ鋭利な輝きを放つ時尾の双眸を見返すのみであった。




【第十九章 契合一致】終

 第二十章へ続く

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