第十九章 契合一致(3)
年頃は多分、伊織とそう変らないだろう。
「そう、広沢さんのお知り合いの方なのね」
穏やかに頷く彼女に、伊織は調子を合わせるつもりでにっこりと微笑み返す。
やはり、というべきか、彼女にも時尾の姿は見えていないらしい。
「私のことは気になさらないでね。じっとしているのはどうも性に合わなくて」
「あはは、そうですよね。私もどちらかと言えばじっとしているのは苦手ですので……」
お気持ちはわかる気がします。と伊織は笑い飛ばす。
「あ、ほんと? あなた私と気が合いそうね!」
伊織へ期待の眼差しを向けてくるが、そんな目を向けられても少々、いや相当困る。
推測ではあるが、きっと伊織などが気軽に話を出来る相手ではないだろうと思うのだ。
だが。
「そうですね。またお目にかかる機会があれば、私も嬉しく存じます」
と、一応社交辞令までに答えておく。
「私、名賀。十六よ。堅苦しいこと抜きにして、見かけたら気軽に声かけてねっ!」
実に素直な反応である。
少し子どもっぽさの残る一面を見た気がするが、それもなるほど、伊織よりも年下だったのだ。
今年五月で満十七歳になった伊織は、算えでいえば十八となる。
この時代、歳は殆ど算えで表すのだから、名賀は伊織よりも二歳ほど下ということになるだろう。
脳内で慌しく計算しつつ、伊織は名賀へ微笑んで「私こそ、どうぞ以後お見知り置きを」と短く答えた。
すると、名賀はさくさくと本堂の脇をすり抜けるように去っていってしまった。
大人の優美さにはまだ届かないその後姿を見送り、伊織はふと首を捻る。
(……そんで、一体どういう人なんだろ)
「ご側室の名賀様よ」
「!? と、時尾さん、いきなり囁かないでくださいよ…!」
不意に伊織の耳元で、時尾の声が謎を解いてくれた。
「もともと川村家のご息女で、容保様のご側室に上がられた方よ」
「容保公の、ご側室?」
何故か、伊織にはピンと来なかった。
容保に側室。
側室とは言わば愛人のようなもので、正妻ではない。
だが冷静に考えてみれば、容保ほどの身分ならば側室はあって当然。寧ろ、いないほうがおかしい。
なるほど、あの容保公も殿様なのだ。
柔和で文弱そうな人物像故か、奥の事情など一度たりとも連想したことがなかった。
「あの方が京に上ったのも、元治元年四月よ」
「じゃあ、時尾さんと同じ頃?」
「ご側室のどなたかを殿の御許に、ってことになってね。若くて長旅にもある程度耐えうるだろう名賀様に白羽の矢が立ったってわけ」
その折、照姫からの用を承った時尾が共に同道して京へ上った、という。
用というのは、どうということもない。
単に、京における守護職の様子見といったところだ。
「京に上ってすぐに、黒谷へ向かったわ。そこで、ほら」
時尾は上空を仰いで指し示す。
つられて見上げた伊織の視界に、悠々と翼を広げる鷹が映った。
「あのコはその時に容保様へ献上したのよ」
時尾は気を利かせ、鷹を照姫からの贈り物だと言って差し出したという。
「そっか。だから容保様、あんなに……」
愛鳥のわけが、ほんの少し分かった気がする。
「名賀様はここにお残りになるけど、私はすぐに国許へ帰る予定だったわ」
容保に目通り、一頻りのやり取りを済ませると、時尾はすぐに黒谷を出た。
が、とんぼ返りというのも勿体無い気がして、ほんの少しばかり物見遊山でもして帰ろうという気になった。
確かにこの時も京の治安は頗る悪かったが、遠く京の都など、そう滅多に来られるものでもない。
名所として知られる清水寺くらいならば、寄り道する余裕はあるだろう。
そう考えた時尾は、供の者に頼み込んで清水参拝に足を運んだのであった。
「綺麗だったわ~、舞台から見る夕日は」
その光景を瞼に思い描いてか、時尾はうっとりと話す。
が、次の瞬間には背筋がぞっとするような凄絶な目で伊織を捉えた。
「? な、なんですか」




