第十八章 幻詭猥雑(6)
「あの、その鳥……」
あなたが飼っているのか、と続けようとしたが、それを待たず時尾が口を開いた。
「ピヨ丸様ならここにいるわよー?」
と、肩に乗せた鳥に、その細い手を添える。
「は?」
「目の前にいるじゃない。この子がピヨ丸よぅ」
「いや、あの、ですから私が探しているのは殿の御愛鳥の、もう少しチマい雛鳥で……将来は多分そんな立派な猛禽じゃなくて、ニワトリか何かになるんじゃないかなっていう、そんな感じの雛で――」
身振り手振りでその身体的特徴を表現しつつ、伊織はどうにかピヨ丸の全体像を伝えようとする。
が。
時尾は半分苦笑しながら、縁側からストンと降り立った。
「しっつれいねぇ! 会津藩主は勿論、諸大名はニワトリを飼ったりしないわよ!」
「えっ、いや、でもそれちょっと語弊があるんじゃあ……。大名でニワトリ飼ってる人いたら逆に失礼ですよ」
「いーい? 大名といえば鷹! 殿様の鷹狩りってよく聞くでしょ? 大名って言ったら鷹なのよ! それ以外は認めないわよ私」
「……。へぇー、そう……」
それは単に時尾の超個人的な固定観念だと思うのだが、随分と熱い口調なので、伊織もそれ以上突っ込みを入れる気にはなれなかった。
だが、それとこれとは別問題なのが、ピヨ丸の件である。
「確かに、何の雛だか詳しいことを聞いてはいませんでしたけど、ピヨ丸って本当に鷹なんですか?」
「間違いないわよ。ピヨ丸は私が狩の途中で拾った子なんだから」
「そ、そうだったんですか?」
「そうよ! 国許で照姫様に獲物を献上しようと思って狩に出かけた時にね、巣から落っこちてたのを私が拾って帰ったんだから」
「照姫様……藩公の義姉君に? えっ、いやちょっと待って!? 狩!? あんたが!?」
伊織の記憶が確かなら、時尾は照姫付の祐筆とかいう、比較的おっとりしっとりした感じの役目じゃなかっただろうか。
それが狩猟に出かけるほどに男勝りだとは、誰が想像するだろう。
いや、言われてみれば初対面のあの夜の刀捌きを見れば、殿御顔負けの気性と気概を持っているだろうとは予測もしていたが。
まさか自ら野山を駆って狩猟に興じる趣味をも持つとは。
「じゃ、本当にそれがピヨ丸……?」
時尾が満面の笑みで深く頷く。
驚愕の尾を引きつつも、伊織は梶原の持っていた空の鳥籠を思い浮かべる。
中に散らばっていたあの綿羽の量。尋常ではないように見えたが、今のこの鷹の姿を見てみれば、成長に合わせて抜け落ちたと考えれば合点もいくように思えた。
まだあんぐりと口を開いて鷹を凝視する伊織を面白げに眺め、時尾は腕を真横にすっと持ち上げる。
と、ピヨ丸もまた時尾の動作に呼応して、肩から腕へと飛び移った。
「もう少し遊んでおいで」
時尾がそう話しかけると、ピヨ丸は幾度か両翼を羽ばたき、やがて宙へと跳躍した。
「あっ!? ちょっと、早くピヨ丸を梶原さんに返さなきゃいけないのに…!」
「まあまあ、堅いこと言わないでよ。自由に放してやったからって、野に帰るような子じゃないわよ。雛から人の手で育てられたんだから」
「そ、それはそうかもしれないけど、梶原さんが……」
ピヨ丸が飛び立ってから、伊織はようやく慌てたが、その姿は既に本堂の軒より遙か上空である。
確かに時尾の言うように、放ったわりには伊織の視界から消えて遠く離れていく気配はない。
放浪癖の目立っていた雛時代からは考えにくいことだったが、時尾の居場所を中心に、緩やかに大きく弧を描きながら、悠々と空を滑っているだけだ。
この様子なら、呼べばすぐに降りてくるだろう。
だが、それにしても。
「ピヨ丸ってこんな躾の行き届いた鳥でしたっけ……」
ところ構わず出歩く鉄砲玉のような雛だったのに、成鳥になった途端にこの利口っぷり。
少々首を傾げたくもなったが、時尾は依然として余裕の笑みを浮かべたまま手庇をつくり、鷹の飛行を眺めている。
生憎と曇り空だが、これが快晴の空だったなら、雄鷹飛翔の光景は実に勇壮なものに映っただろう。
時尾の横顔を見遣り、伊織もまた上空の鷹を仰ぎ見た。
そして、ふと――。
「――あれ?」
伊織は何かが奇妙なことに気付き、見上げた視線を即座に時尾へと戻した。