第十八章 幻詭猥雑(5)
ピヨ丸失踪事件勃発。
梶原に指示されるがまま、伊織は戸外へ飛び出して、本陣敷地内の隅々にまで目を凝らして歩く。
ピヨ丸も肥後守の愛鳥と言うわりには、普段からわりと自由気侭に飛び跳ね歩いていそうな印象がある。
黒谷の門前でうっかり足蹴にしてしまいそうになったのがつい昨日のことであるだけに、「失踪」と決め付ける事には些か抵抗を感じる伊織である。
(けど、あの鳥籠の綿羽……猫にでも襲われたのかも……)
血痕らしき物は見当たらなかったが、ごっそり抜け落ちた綿羽は、あまり穏やかな量ではなかった。
もし猫にでも襲われたのだとしたなら、きっと今頃は猫の美食と化しているであろう。
そんな予感もチラつくのだが、一旦梶原に協力を示した以上は、たとえ猫の腹を掻っ捌いてでもピヨ丸の姿を探し当てねばなるまい。
伊織はきょろきょろと忙しなく辺りを見回しながら、歩を進めた。
厳かな構えの本堂の縁下。
中庭の池の畔や石灯籠の隙間。
果ては植え込みや垣根の合間まで。
ここかと思しき場所には、迷わず首を突っ込んでその姿を探した。
だが。
敷地を既に二、三週もし、既に一刻が過ぎても、ピヨ丸の姿はどこにも見つけられないままであった。
「やばいなー。いよいよ猫の腹の中かもなぁ……」
急ぎ足だった歩調も、とうに歩き疲れてズルズルと引き摺るような足取りに変化する。
そうして、もう何度も探した本堂脇の縁側の前で、伊織の足は静かに止まった。
「……」
伊織の視界に、日向の縁側にゆるりと寛ぐ妙な女の姿が映り込んだのだ。
もう何度も顔を合わせているのに、依然としてその実態を把握しきれない謎の女。
いや、正確に言えば伊織もそこそこ知っている人物でもあるのだが。
ピロピロと暢気に口笛を吹きながら、縁側に腰掛けて両足を宙にぷらぷら投げ出す様子は、とてもこの時代の武家の女子とは思えない。
「……何やってんですか、時尾さん」
少し姿が見えないと思ったら、またこんなところで出くわそうとは。
唖然として深く考えもせずに声をかけてしまったが、時尾も然して驚く素振りは見せずに伊織のほうへ首を廻らせる。
「あらー、また会ったわね。元気?」
時尾はさも奇遇、と言いたげに陽気な挨拶で笑いかけてくる。
だが、この高木時尾という女、伊織の勘では明らかにこちらの居場所を知った上で姿を現している。
そんな確証は何処にも無いのだが、それでも伊織の直感がそう確信させていた。
「元気ですけど……、時尾さんこそ、こんなところで何をしてんですか」
至って平静を装って言葉を交わす伊織だが、何となく時尾のほうへ歩み寄ることは出来なかった。
ごく明るく気さくな振る舞いを見せる時尾に対して、何故か得体の知れない不安感を覚えるのだ。
壬生寺の境内で会った時以上に、伊織自身のすべてを見通されているようで、多少身構えてしまう。
この人の存在そのものに、引っ掛かるところが多すぎる。
それゆえに、会えば質問攻めにしてやりたいとも思うのだが、謎が多すぎて何から問うてやれば良いのか迷ってしまう。
そして結局何も明確にはならないまま、時間はなあなあに流れてしまうのだ。
今も、ピヨ丸の捜索を続行するべきか、或いはまたも突然に現れた時尾に何らかの反応を示すべきか……伊織はやや迷いも覚える。
「あの、時尾さん」
「え、なぁに」
「ピヨ丸っていう名前の妙な雛鳥、見かけませんでした?」
と、伊織が問うが早いか、鋭利な目をした鷹が時尾の肩に舞い降りた。
鋭い目と爪、広い両翼、茶色味の強い体毛。
どう見てもそれは伊織の探す雛鳥ではない。
成鳥ではあっても、体躯はそう大柄でもないので、きっとまだ若い鳥なのだろう。
野生の鷹かとも思ったが、どうやら時尾に懐いている様子なので、時尾の飼う鷹なのかもしれない。
時尾の肩からこちらをじっと見据える鷹は、若いながらに立派な猛禽の目をしている。