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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十八章 幻詭猥雑(3)



 少々強引に話を纏めた伊織に対し、佐々木は面食らったような面持ちで「ああ」と一つ頷いた。

「最初はやっぱり初めまして~とか、そういう感じでいいんですかね。それとも拝啓とか入れたほうがいいですか? うーん、それだと堅いなぁ……」

 これから山岡鉄舟に宛てた書状を認めるに当たって、伊織はあれこれと考え、思いつくまま佐々木に疑問符で話しかける。

 それもこれも、山岡という人物を伊織が何故知り得るのかを深く詮索されるまいとした防御壁。

 何しろ、嘘を嘘で固めるのは大の苦手とするところなのだ。

 余計な嘘を吐かぬに越したことはない。

 が。

 佐々木を相手に、そんな心配はどうやら無用のものであったらしい。

 伊織が既に山岡と文を交わす心積もりでいると知ると、佐々木は多少目許を険しくして文机を挟んだ正面に回りこんだ。

「お、おい。どうでも良いんだが、この私を差し置いて山岡と恋を囁きあうような仲には、ゆめゆめなるでないぞ……!?」

「……ほんとどうでも良いですね」

「!?」

 またしても復活の兆しを見せた佐々木の妙な悋気はさらりと聞き流し、伊織はゆるゆると筆で硯を撫でる。

 すると、伊織が俯き加減に見る、まだまっさらな料紙の中央に、佐々木の顔がぬっと割り込んだ。

「真面目に聞かぬかっ! 此度の山岡との文の取り成しはだな、おまえの向上心に感銘を受けたからこそ…!」

 低い文机の上に、佐々木は無理矢理その頭を乗せ、やや苦しげに必死の声を上げる。

 が、伊織は硯で扱いたばかりの筆を、容赦なくその顔面にべしゃりと乗せた。

「煩い」

「ぬおおおっ!? 墨がっ……!」

「さて、早くにそこを退きませんと、次は眼球に墨を塗りまするぞ」

 このところ、佐々木の不気味な行動にも当初より大分慣れてきたせいか、その対応の酷薄さにも磨きがかかる伊織である。

 勿論本当に眼球を狙うつもりは毛頭ない。

 だが、このままでは手紙も手習いも一向に進まないので、脅しのつもりで再び墨をたっぷりと含ませた筆を手に構えた―――

 が、佐々木が慌てて退くより一寸早く。

「伊織殿ぉおおおお!! いるか!? いたら返事をせよーー!」

 難波歩きもどこへやら、大いに取り乱して部屋に現れたのは、どちらかと言えば普段は温厚なはずの梶原平馬であった。

「あれ、梶原さん。いますよ、どうしたんで……」

「たたた大変だ!」

 整髪は乱れ、その形相は稀に見る蒼白さであった。


     ***


 壬生村。

 新選組屯所。

 局長初め数名の幹部や隊士が不在なだけだというのに、そこはいつもより味気ないものに思えた。

 普段通りに稽古に励む声、巡察から戻った様子の隊士たちが屯して汗を流す水場。

 漫ろに屯所内を歩き回る斎藤がいた。

 時折、すれ違い様に挨拶をしていく隊士もいたが、斎藤は軽く声を返すに留め、歩みを止めることはなかった。

 その斎藤の足が、正面からやってきた人影を目にすると同時に徐々に歩調を緩め、やがて立ち止まった。

「やあ、斎藤君」

 一見文弱を感じさせるその笑顔は併し、少し視線を体躯へとずらせば剣で鍛えた頑健な様子も見て取れる。

 今は体調を崩していると聞くが、道理で顔色はあまり思わしくないようだ。

 それでも尚、にこやかに話しかけてきたその人に、斎藤は丁重に会釈した。

「具合は良いんですか、山南さん」

 二本は佩いていないものの、きっちりと袴を着けた姿の山南は、困ったように笑う。

 本来土方同様に副長という身分のはずの山南は、池田屋事変での留守居を境にすっかり鳴りを潜めている。

 ここも屯所内とは言え、副長室からは遠く、この二人が顔を合わせて話をする場面というものも最近では殆ど見られなくなっているように感じた。

「高宮君が、黒谷へ行ったそうだね」

「……」

 不意に山南が雲の多い空を仰ぎ、当たり障りのない話題が持ち出す。

 だが、斎藤はあえて黙して山南の横顔を見た。

 斎藤からの相槌が入らなくとも、山南は然して気にも留めない様子で続けた。


 

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