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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十八章 幻詭猥雑(1)




「何で私の手習いに佐々木さんが付きっきりなんですかね……」

「それは無論、私がお前の身元保証人……いわゆる後見人というものだからだ」

「私、それ初耳ですけど、冗談もほどほどにしてくださいよ」

「何故冗談なのだ。私は正真正銘、お前の後見人だ。不審あらば土方君に尋ねてみるが良い。或いは梶原殿や会津公に確かめてもらっても構わんぞ」

 広沢の言いつけ通り、伊織はこの日から毎日二刻の手習いを日課として実践し始めた。

 そこで早速文机に向かっているわけだが、この通りの様である。

 伊織が手習いを始めると同時に、どこからともなく現れた佐々木が、頼みもしないのにじっと傍で監督をしているのだ。

 そこで口を開けばこの調子。

「あの、佐々木さん。申し上げ難いんですが、すごく目障りです」

 さっきから筆を構えたきりで、半紙は真っ白なまま。

 それもこれも、瞬きすらもせずに穴の開くほど凝視してくるこの男の所為。これが梶原や広沢ならば程好い緊張感になるのだろうが、佐々木只三郎だから始末が悪い。

「一人にしてもらったほうが集中出来るん……」

「この先、読み書きも思うに任せぬでは、お前も何かと難儀することも多かろう。ここは一つ練習と思って私と文通を……」

「聞いてねえな、おっさん」

 左後方に陣取って、でんと肩をいからせて座す佐々木は、それでもまだ伊織の言葉に耳を貸そうとしない。

 僅かに恥らう様子を見せつつ、佐々木は徐に自らの懐を漁り始めた。

「じ、実はこのようなこともあろうかと、既にお前への文を認めておいたのだ! まず手始めにこの私の文に返書を……!」

 そわそわと落ち着きのない口調と共に、佐々木は漸く懐中から探り出した文を、ぬっと突き出した。

「思いの丈を綴ってみたのだ。些か気恥ずかしくもあるが、これがお前の為になるならば、じっくりと読んでもらいたい!」

「あんたホントどこまでも人の話を聞かない人だな!?」

「ささ、照れずに受け取るが良い!!」

 と、頼み込む物言いをしながら、佐々木はがっしりと伊織の左手に文を捻じ込んだ。

 伊織よりも一回りも二回りも大きい、節くれ立った手で押し付けられると、固辞したい思いとは裏腹に、うっかり文を受け取ってしまう。

「うわ、ちょっと要りませんってば! 持って帰って竈の火付けにでも使ってくださいよ!」

 慌てて突き返そうとした伊織の腕が、間髪入れずに佐々木に掴みとめられた。

 ぐっと力の籠もった佐々木の手に驚き、伊織は間近に迫る佐々木の双眸を反射的に見返した。

 文字通り、その距離は目と鼻の先。

「え、佐々木さん?」

 予想に反して、その目はいつもの悪ふざけや馬鹿馬鹿しい戯れなど一瞬にして払拭してしまうような凄味のあるものだった。

「このまま、黒谷に留まるが良い。おまえがそう決意すれば、この会津で女子として過ごすことも叶おう。私が後ろ盾にあれば、国許の城で奥付きの女中となるも夢ではないのだぞ?」

 それは、およそ佐々木らしくない言葉であった。

 確かに、佐々木只三郎実兄・手代木直右衛門は会津藩重臣。口添えや後押しがあれば、城に上がることも或いは可能だろう。

 が、伊織が妙に思うのは、そことはまた別の次元の問題である。

「……っていうか、佐々木さんは、そのー……」

「何だ? お前が口籠るとは珍しいではないか」

 いつも鬱陶しいくらいに纏わりついて来る男が、一体どういう風の吹き回しだろうか。

 もしも佐々木の言うように会津の城へ出仕すれば、恐らく佐々木とは金輪際会うこともなくなるだろう。

 無論、会津に帰るつもりは毛頭ないが、この男を振り切れるのならば、それはそれで美味しい話だ。

「そうですか? じゃ、国許帰って女中でも仰せつかりましょうかね」

 と、伊織が冗談で返した途端。

 それまで厳然たる面持ちだった佐々木の顔が、突如仰天したように崩壊した。

「ぐぬ……っ!! ば、ばか者め!! お前を会津へなど、誰が行かせるものかっ! そこでお前が出すべき答えは、そうではないだろう!? 何故そこで「只三郎様のお側を離れたくはありませぬ!」と申して縋り付いてこぬのだ!!」

 がっしりと伊織の両肩を掴んだ佐々木は、唾を飛ばして怒鳴る。


 

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