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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十五章 萎靡沈滞(6)



 勘ではあるが、どうやらあまり楽しい話題ではなさそうでもある。

 何となく居た堪れないが、伊織はやがて土方の正面にすっと膝を折った。

 ぷかりと煙を一筋吐き、それから土方は伊織へと視線を移ろわす。

「おめえ、建白書のことで何かしなかったか」

「……はあ、建白書……」

 出された話題に空とぼけた返事をするが、勿論この瞬間に、土方が何を言わんとしているかを察する。

 書状に連名云々の話でないことは確かだ。

 山崎が同席していることも併せて考えると、どうやら黒谷へ赴いたことでも露見したか。

「別に土方さんの迷惑になるようなことはしてないですけど」

「うそこけェ」

 当たり障りないようにと答えた伊織の舌の回りきらぬうちに、山崎が口を挟む。

 さも何か掴んでいるかのような言い方に、伊織もぐっと声を詰めた。

 が、迷惑になるようなことをしていない、というのは自信を持って言えることだし、それで恐縮せねばならない理由も特にない。

 それに、だ。共に黒谷へ赴いた斎藤を呼ばずに伊織ばかりを捕まえて、何を責めようというのか甚だ心外でもある。

 すっと息を吸い込み、伊織は大仰に吐息した。

「どうせまた、ちょろちょろ勝手に動くな、とか、言いたい事はそれなんでしょう?」

 土方からのお小言など、いつも大抵そんなことである。今回もまた同様なのだろうと見当を付ければ、続けざまに土方からも盛大な溜息が吐き出された。

「違ぇ」

「? ……んじゃ、何なんですか」

「……」

 憮然と問い返すと、土方の面持ちが雰囲気を変えた。

「処分を決めた」

 言った土方の声は、厳かにさえ聞こえた。だが、処分という穏やかでない響きが、この時伊織には何故かぴんと来なかった。

「処分? だって、謹慎処分なんでしょう?」

「ばァか。たったそんだけで他の隊士に示しが付くと思ってやがんのか」

 ぎろりと凄まれ、そして漸く、処分という言葉の重みを実感し始める。

「葛山に切腹してもらう」

 切腹。淀まず告げた土方に、伊織は咄嗟に隣の山崎を振り返った。

「切腹、て……なんでそんな。だいたいどうして葛山さんだけが?」

 そんな話を切り出されようとは露ほども思わなかった。

 土方は涼しげな顔で黙しているし、山崎は山崎でいやに苦い面持ちをする。

「えろうすんまへん、副長。もっと早くに気ィ付くべきでしたわ」

「いや、んなこたァ俺だって同じだ。事は原田や永倉が中心になってんだからな」

 などと、二言三言言い交わす二人を、伊織はじりじりと交互に見入る。

「斎藤が会津に取り成してくれたお陰で、大事にならずに済んだようなもんだ。本当なら、奴らァ、脱退ぐれぇは覚悟の上だったろうな」

「ほんまですわ。あんだけ挙って隊抜けられたら、こら一大事でっせ。おまけに古参が揃って~、やさかいに」

「原田や永倉に腹を切らせるわけにはいかねえ。あいつらも一応隊の軸だからな」

「……だからって、葛山さん一人に切腹させるんですか」

 思わず口をついて出た伊織の合口に、土方はいともあっさりと「そうだ」と返した。

 全員同じに謹慎処分、何もこれだけで良さそうなものではないのか。と、俄かに土方への反感が湧いた。

 土方の纏う気配に違和感を覚えたのは、このためだったか。道理で雰囲気が違うはずだ。

 非合理な脱退は切腹。それは隊規に定められていることで、覆されない約定。

 両者とも何気なく話しているが、脱退とは即ち死である。

 だが、異見することも許されないことなのだろうか。局長の在り方に対して諫言することさえ、隊規に触れると言うのか。

 永倉や原田とて、心底から新選組という組織や局長本人を思うからこそ、事を起こしたのではないのか。それすら寛恕の余地無しというならば、それこそ土方の独裁によって成り立つも同然。

 諫言は確かに受け容れ難い。耳にすんなりと馴染んでくれるものでもない。あえて苦言を呈することは、同時に誠実さの表れでもあるのではないか。

 近藤もそれをよく理解したからこそ、寛大な処分に留めたのだとばかり思っていたが、それは果たして違うのだろうか。

 切腹などさせれば、そうして改めて築かれた信頼関係をも水泡に帰してしまう。


 

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