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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十五章 萎靡沈滞(5)



「ちぇーっ、なんだよなぁ、あいつ! 出かけるなら俺も誘えってんだ!」

 拗ねた原田の眉尻は、見る間に捻り上げられた。

 謹慎の室内から姿を消しているのは、どうやら斎藤だけであるらしいのが、殊更に気掛かりである。

「私、斎藤さんを探してきますよ」

「あ、んじゃ俺も手伝うか?」

 伊織の当然の申し出に、原田は待ってましたと言わんばかりの笑顔になる。

 無事に済んだとはいえ、自分が謹慎中だと本当に分かっているのか疑問である。

「原田さんは駄目ですよ。斎藤さんなら何となく心当たりありますから。私一人で結構です」

 口早に断ると、原田の面持ちは再び膨れっ面に切り替わった。

「そんな顔しても駄目です! 斎藤さんだって、早いとこ連れ戻さないと……!」

 まさか謹慎を破ったとして更なるお咎めも無いだろうとは思う。

 だが、それでも斎藤が動くとなると、何かがあるような予感がしてならなかった。

 ぴしゃりと明快に断られた原田は詰まらなそうにしたままであったが、伊織はそれには見ぬ振りでくるりと背を向けた。


     ***


「斎藤さーん、おーい」

 と、屯所の内部をあちこち探しても、それらしき影は見えない。

 結局、屯所内にはいないだろうと見切りをつけ、門外へと足を向けた時。

「伊織」

 大声でもなく呼び止める声があった。呼び方からして、声の主が斎藤でない事は明らかだ。

 隊の中で「伊織」と名前で呼ぶのは、あの人しかいない。

「――土方さん」

 振り返った中庭に、袴も付けぬ略装のその人がいた。

 土方は、呼んだきり二の句を告ごうとはせず、呼びかけに振り向いた伊織をじっと見据えていた。その様子はいやに神妙で、静かな覇気を漂わす。

 伊織は咄嗟に、何かあるな、と感じ取った。

「どうか、したんですか?」

 まさかもう、斎藤が謹慎部屋から姿を消した事に気付いているのか。瞬間的にそんな危惧を覚えたが、土方は無言のままに右手を浮かせ、招く仕草を見せるのみ。

 折角斎藤を連れ戻そうとしたところだが、土方に呼び止められては応えないわけにはいかない。伊織は微かに首を傾げたが、招かれるままに土方のほうへと踵を返した。

「何です、そんな怖い顔して。まさか局長がいなくって寂しくなったとか?」

 試しにからかうような物言いをしてみるも、土方の表情が変わることはなかった。

 ぴんと張り詰めた目許は一切弛む気配を見せず、一瞬見上げたその目が、冷酷な気を放っている事に気付いた。

(――――)

 普段とは違う、少なくとも近藤の出立前には無かった峻嶮さが垣間見えた。

「部屋に戻れ。話がある」

 言葉短にそう告げた土方に、伊織はただ事ならぬ緊張を感じつつ、黙したままに頷いた。


     ***


「来よったか、田舎武士が」

「山崎さん!? はァ!? ちょ、いきなり何なんですか失礼な!」

 土方に従って副長室へ戻れば、そこには既に待ちかねたような面構えの監察方隊士・山崎烝が座していた。

 出会い頭の一言に、刹那的に緊迫感そっちのけで言い返したものの、山崎の表情もなかなかに剣呑だった。

 それでも、唐突に「田舎武士」発言は聞き捨てならない。伊織が会津出身と知った上で言うのだから尚更納得もいかないというものだ。

「久しく言葉を交わさない間に、山崎さんたら随分お口が汚くなりましたね」

「やかまし。エエからそこ座り」

「……」

 ぴしゃりと跳ね返された時点で、伊織は肚に据えかねるものが沸々と湧き上がるのを感じた。が、土方もどちらに加勢するでもなく静かに定位置へ着いたため、やっとでそれ以上の諍いを避けようという気になれた。

 着流しのまま脇息に凭れて、土方はやおら煙管を吹かし始める。一見寛いだ風に見える一挙一動にも、いっかな緊張感は抜けない。

 暫く放っておかれたかと思えば、急に改まって話があるなど、伊織が怪訝に思うのも無理はない。


 

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