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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十五章 萎靡沈滞(3)



 多少涙目になりつつ尾形の羽織にしがみつくと、縋ったその人が一際大きな咳払いをするのが聞こえた。

「あー……、武田さん。こいつも一応、これでいて俺の弟子ですんで。そういうことは俺を通して頂かないと……」

「お、尾形さん…! 一日も早いお帰りを……!」

 ついさっき帰るなと言ったばかりだが、何だかんだ言って、やはり弟子として可愛がってくれているのだろうと思えば、素直に別れは惜しくなる。

 が。

「こいつはちょっと値が張りますから。武田さんだったら、ちょいと勉強さしてもらいますけど……」

「ふうむ、尾形君、金を取るのか?」

「ててててめぇら……!」

 何をいけしゃあしゃあと言い出すのか、この師匠は。

 うっかり感激してしまったあの瞬間を返せと言わんばかりに、尾形を睨み上げる。

 すると尾形も、にやりと得意顔で見下ろしてくる。

「ち、ちくしょう……もう絶対帰ってくんな……!」

「ふん、お前なんか佐々木さんに食われてしまえ」

「ここここのやろう……! 尾形さんこそ、道中で武田さんに食われてしまえ!」

 今に噛み付かんばかりの罵声を浴びせると、尾形は急に笑みを消した。

「と、ここまでは冗談だが、お前も一応監察方の一人だ。隊を裏切るような行為はしないだろうとは思うが、行動には充分に注意することだな」

「えっ……ああ、それは勿論。大丈夫ですよ」

 不意を突くように出し抜けに言われ、とんと調子を狂わされてしまう。

 勢いのままに返答すれば、尾形は漸く屯所の門を潜り出たのだった。

 それまで副長の土方や山南と談じていた近藤も、一通りの話を終えたのか颯爽と馬の背に跨る。

 その馬の嘶く声が起こると、見送りに出た全員が「行ってらっしゃいませ」の声を上げた。

「では皆、留守を頼んだぞ」

「気ィつけて行けや」

 腕組みのまま近藤と目配せし合い、土方が素っ気無くも彼らしい見送りの言葉を投げ掛ける。

 江戸。

 近藤にも土方にも、故郷と呼ぶべき土地。

 近藤はそこで懐かしい顔触れにも会うことになるのだろう。

 そう思うと、何か一時、伊織も心の温まる思いがした。

 馬上の近藤と、それに付き従う数人の隊士の一行を見送り、伊織はふと傍らの土方を見た。

「土方さ……」

 本当は、近藤と共に江戸へ行きたいのではないか。

 そう尋ねようとして、伊織はふと口を噤んだ。

 別に、訊くまでもないことだ。

 訊いたとして、だからどうにかなることでもない。

 考え直した伊織に振り向く土方の視線を曖昧にやり過ごすと、代わって土方が口を開いた。

「あんだよ、その同情めいた眼差しぁよ?」

「いえ、何でも……。尾形さんがいない間はまた土方さんの小姓に専念するんだなぁ、と思って」

 その場を繕う伊織のあやふやな笑顔にも、土方は一つ眉を顰めただけであった。


     ***


 近藤が永倉や尾形を連れて江戸へ発ってからも、原田等の謹慎は続行されていた。

 形ばかりの罰とは言え、狭い謹慎部屋で大の男達が肩を寄せてじっとしているのは、傍目からも窮屈そうに窺えた。

 伊織はと言えば、土方から何の指示も無い為に、暇つぶしに屯所の庭の掃き掃除している始末。

 先日、会津藩本陣を訪ねていった折の梶原の言についても多少考えるところはあるが、詳細を聞こうにも、同席していた斎藤本人が謹慎中なのだ。

 会津の隠密の件に関しては、関係のない者の動座する謹慎部屋で話すことも出来ない。

 それで結局、ふらふらと適当に屯所の庭を掃き掃除、という状況だ。

(尾形さんもいないし、斎藤さんも謹慎、土方さんは構ってくれないし……)

 もどかしい気分で一杯である。

 落葉の時期にはまだ早く、たった一人で掃除しても、庭などすぐに綺麗になってしまう。

 こうなれば、いっそ謹慎部屋に遊びに行ってみようか。

 いやしかし、いって斎藤の顔を見れば、いよいよ会津が気になるに違いない。


 

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