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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第二章 昨非今是(3)



 けれど、確かに、何かがいた。

「原田さん!」

 影のあった方向を凝視したまま、前を行く原田を呼び止める。

「何だよ!」

「今、誰かいました」

 そこから目を離せずにいる伊織に原田はつかつかと歩み寄り、同じ方向に目を凝らした。

「……何もいねぇじゃねぇか」

「だから、通り過ぎてったんです」

 原田は愕然と口を開けた。

「馬鹿じゃねぇのか!? 何でそれを先に言わねえんだよ!!」

 続けざまに原田は隊士たちに怒鳴った。

「犯人が近くにいるぞ!! 総員、付近の退路を断て!!!」

 直後にはすべての隊士が四方に駆け巡る。その行動の迅速さに、伊織は目を見張った。

「俺たちは橋だ」

 言われて、伊織は原田の後に続いて走り出す。

「見つけたらこっちに追い込め!!」

 やがて川に架かる小橋を渡ったところで、原田はぴたりと足を止め、来た方を振り返る。伊織もそれに倣った。

「で、間違いなく犯人なんだろうな?」

「えぇっ!? わ、わかりません!」

 不審な影を見たから報告したまでで、それが放火犯だとは断定できない。

 原田が勝手に犯人だと言って隊士を煽ったんじゃないか、と伊織は内心で逆らう。

「何っだよ、おめぇが見たっつったんじゃねえか!!」

「怪しいと思ったから知らせたんですよ、犯人だとは言ってません」

「怪しいと思ったんだな!?」

「は、はいっ」

「よしっ、じゃあやっぱ犯人だ!」

 単純明快な会話の合間に、隊士たちの声が響いた。

「いたぞー!!!」

「囲め! 小橋に追いつめろ!!」

「そっちに行ったぞ、逃がすな!!」

 途端に緊迫した空気が張り詰める。

「──来るぞ。おい、ここで引っ捕らえるからな。土壇場で怯むんじゃねぇぞ?」

 伊織に話しかけた原田の横顔は、楽しげとも感じられる高揚した笑みを浮かべていた。

「は、はい……」

 伊織はといえば、元より及び腰である。こんな状況で笑える原田が、異質なものに思えてならなかった。

「来たぞ!」

 原田が抜刀するのと同時に、伊織は橋の向こうを見た。

 太刀を抜いた新選組隊士たちに追い立てられて、こけつまろびつしながら逃げてくる、黒小袖の男。手には、やはり抜き身の太刀が握られている。

 その光景に、伊織は慄然とした。

「抜け!」

 原田の声にさえ、ひとかたならぬ恐ろしさを感じ、足が大きく震え出す。もはや声も出なかった。

 そうする間にも男は橋にまで迫り来る。

 前方に立ちはだかるのがたった二人と見ると、男は太刀を振りかざして突進してきた。

「来たぞっ! 早く抜けっ!!」

「おぉおおぉーっ!!!」

 鼓膜が破れんばかりに吠えて、真っ向から突っ込んで来る男の目は血走り、尋常ではない。

(怖い───ッ!!)

 伊織がついに悲鳴を上げそうになった瞬間、傍らの原田が男に向けて跳躍した。

「通さねぇぜっ! 観念しろやっ!!」

 言うが早いか太刀が早いか、原田の真剣が一閃して男の右腕を斬りつけた。

 瞬く間に、男の腕から鮮血が迸る。

 にも関わらず、男は太刀を取り落としてなお、次は伊織へとのめって来た。

 その常軌を逸した形相に、伊織は息をすることすら忘れてしまった。

「どけぇえーッ!!」

「! しまったッ、高宮!!」

 行き過ぎた原田が身を翻すも、男より一足遅れをとる。

「っ、いやあぁぁッ!!!」

 甲高い悲鳴と共に、伊織の腕が脇差を抜き放つ。

 次の瞬間、耳にくぐもった呻き声がまとわりついた。

 脇差を介して、手に腕に嫌な手ごたえを感じ、伊織は再び凍り付く。

 そのすぐ横に男は倒れ込んだ。すぐさま取り囲んでいた隊士たちがそれを押さえ込み、縄をかける。


 

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