血の宝石の少女
「血が宝石になる少女」という設定から考えた物語です。
少女と泥棒、少し変わった二人の物語を楽しんでいただけると嬉しいです。
――――プロローグ――――
「お母さん!指切ったー!」
リビングで寛ぐ母に向かって声を上げた。私は晩ご飯に使う野菜を切っていた。
「大丈夫!?」
母は慌てて救急箱を持ってきて、消毒液と絆創膏を取り出した。私は包丁で切った指を見せた。それを見て、母は眉をひそめた。
「あれ…?指が切れてるのに、血が出てない……?」
母は訝しがりながら消毒して絆創膏を貼ってくれた。
「これでよし。手伝ってくれてありがとう。あとはやっておくからテレビでも観てなさい。」
「はーい。」
私はリビングに行ってテレビをつけた。ちょうど観たい番組が放送されていた。すると
「茜、これ何?」
母が台所から真っ赤な石をつまんで持ってきた。私はチラッとそれを見て、
「何でか分かんないけど、血が固まった。」
とテレビに向き直って答えた。
「そう…。…綺麗な石ね。」
母はそうつぶやいていた。
――――――――
ーー5年後
「たった数年で、この赤い宝石を使ったビジネスで成功された秘訣はありますか?」
「運が良かっただけですわ。」
高級住宅街に建つ豪邸に、記者の男と着飾った女がソファーに座り、インタビューをしていた。
「この宝石はどのようにして発見されたのですか?」
「企業秘密ですわ♡」
楽しそうに笑う声が1階から聞こえてくる。
「ーーでは、今日はお話いただきありがとうございます。」
「こちらこそ、いい記事になることを祈ってますわ。」
女と記者は席を立った。
「それにしてもすごく立派な建物ですね。こんな所に住まれているとは羨ましい。」
廊下を歩きながら記者は言った。
「ありがとうございます♡それもこれも、この宝石のおかげですわ。」
女は大きな赤い石が付いたネックレスを慈しむように軽く撫でた。玄関までやって来て、
「それでは、失礼いたします。」
と記者は頭を下げた。
「ありがとうございました。」
女は笑顔で会釈を返した。
扉が閉まると女の顔から笑顔が消えた。
「あー、疲れた。」
女は2階へ上がった。磨き上げられた廊下には高価な絵画や花瓶が並んでいる。しかし、家族写真は一枚もなかった。廊下の一番奥には、この豪邸には不釣り合いな重たい扉がある。女は慣れた手つきで鍵を一つ、また一つと外していった。扉の先には、広い部屋があった。大きなベッドが置かれており、少女が眠っている。少女の腕には太いチューブが刺さり、血を抜いていた。チューブの先には赤い結晶ができていた。結晶が籠に落ち、貯まっていた。
「明日から私、三日間旅行に行くから。」
女は少女の腕からチューブを抜き、籠に貯まった結晶を見て満足そうに笑った。
「飯は冷蔵庫に入れておくから、ちゃんと食べなさい。」
「…はい。」
赤い結晶が籠に落ちる乾いた音だけが、静かな部屋に響いた。
翌日、女は朝早くに少女の部屋にやって来て、冷蔵庫に3日分の食事を入れた。少女は寝たふりをしながらその様子を見ていた。女は少女に声をかけることなく部屋を出て、鍵をかけた。鍵のかかる音がやけにはっきり聞こえた。少女は玄関が閉まるのを待って起き上がった。
この部屋には、ベッドと結晶を作るためのチューブと籠が付いた機械、冷蔵庫、テレビが置いてあった。壁には高い位置に鉄格子のはまった窓がある。冷蔵庫の稼働音だけがこの部屋に響いている。少女はテレビをつけた。このテレビはアニメしか映らない。女は頑なにニュースの類は見せてくれなかった。少女はアニメを観て時間をつぶし、お腹が空けば、冷蔵庫を開け、ご飯を取り出した。栄養があるだけのサプリメントがほとんどで、味がしない。ベッドの上でぼーっとしていると外が暗くなり、眠ることにした。
男はある高級住宅の前に立っていた。ここは、ある日突然、新しい宝石を見つけ、短期間で財を成したと噂の主婦の自宅らしい。金に物を言わせて建てたような悪趣味な外観の豪邸だ。セキュリティの方は、高級というだけあってしっかりしている。しかし、男には関係なかった。瞬く間にセキュリティを突破し、侵入した。
1階を物色したが目ぼしいものはなく、2階に上がった。廊下を歩いていくと、一か所だけ趣の違う、厳重な扉があった。男はここに何かあると踏み、鍵をこじ開けた。扉を開けると、そこは殺風景な広い部屋だった。大きなベッドとその横にある謎の機械が目に入った。男は部屋に入り、謎の機械に近づいた。それはチューブと籠がつながっていて、チューブで吸ったものを籠に貯めておくといった機械のようだ。男がそれに触ろうとしていると
「誰?」
ベッドから子どもが起き上がった。
(子どもがいたのか。)
男は少し驚いたが、何も言わず背を向けた。
「待って。」
少女はベッドから降り、おぼつかない足取りで男の前に来た。男は少女の半袖の袖口からのぞく細い腕に、注射痕が多く残されていることに気づいた。眉をひそめていると
「これ、壊してくれませんか?」
少女は足かせを指さして言った。少女の足首には枷を外そうとして引っ搔いたり、引っ張ったりしてこすれたような跡が赤黒くなって残っていた。男はそれに目が留まり、足首に残る擦り傷を見つめた。
「……。」
男はポケットから工具を取り出し、何も言わず枷に差し込んだ。少女の足から枷が外された。
(これ以上関わったら、めんどくさくなりそうだ。)
と思い、一歩踏み出した時だった。
「待って。」
後ろから服の裾を引っ張られた。
「…私も連れて行って、ください。」
男はため息をついた。
少女は男の後を追い、豪邸を出た。約4年ぶりの外は寒さが肌に刺さる。見上げると満天の星が輝いていた。
「……っ。」
(ようやく、出てこられた。)
唇を噛み、あふれそうになる感情を押し殺す。泥棒は少女を見つめ、身に付けていたマフラーで少女の頭をぐるぐる巻きにした。
「行くぞ。」
そう言って、歩き出した。少女は後についていった。
少女は泥棒の住むアパートに連れてこられた。今まで住んでいた所から車で1時間くらいの距離。車窓に流れる景色は見覚えがないものばかりで、まるで4年前からタイムスリップしてきたような違和感を覚えた。少女は外を夢中になって眺めていた。
車が停まり、着いた先はごく普通のアパートだった。泥棒は玄関の鍵を開け、少女を中に入れる。部屋には、冷蔵庫や洗濯機など生活に必要最低限の家具が置いてあるといったシンプルな部屋だった。泥棒は少女に適当に座ってろと言い、台所に立った。そしておにぎりを握り、渡した。少女は車の中でお腹を鳴らしていた。
「これでも食ってろ。俺は風呂に入って寝る。…あと、そこに座っていいぞ。」
そう言って椅子を指さし、風呂に入っていった。少女はどこに座ったらいいかわからず、服の裾を握り立ち尽くしていた。泥棒にそう言われ、恐る恐る椅子に腰掛けた。そして受け取ったおにぎりを一口かじった。温かいご飯に塩の味が広がる。少女は気付けば、夢中で頬張っていた。
「…おいしい。」
そう思えたのも久しぶりだった。
翌朝、泥棒が起きると、少女は部屋の隅で毛布を被って丸くなっていた。泥棒が起き上がり、朝食を作っていると少女は目を覚ました。そして、
「あ、あの…。あそこから出してくれて、ありがとうございました。これ、お礼です。」
と言って手を広げた。その手には例の真っ赤な宝石が乗っていた。
「これ、どっから出した?」
泥棒は問いかけた。昨日少女は何も持っていなかったはず。少女は
「私の血、固まるとこうなるの…。」
恐る恐る答えると、机に置いてあるカッターを手に取った。そして、刃を指に当て、ためらいなく引いた。その血は流れることなくすぐに固まり、結晶となった。朝食を作っていた泥棒の手が止まる。
「高く売れるらしいので…。」
少女は新たにできた結晶も手に乗せて、泥棒に差し出した。泥棒は内心でため息をついた。
「いらん。」
と言って、泥棒は救急箱を持ってきて、少女の指に絆創膏を巻いた。そして少女の目をまっすぐに見ながら
「二度とするな。」
そう言って泥棒は朝食作りを再開した。
「…ありがとうございます。」
少女は絆創膏を貼った指を軽く握りながら、かすれる声でつぶやいた。
数日後、泥棒は朝から
「出かけてくる。夜に戻る。」
と言ってどこかに出かけて行った。
泥棒がアパートに帰ってきたのは夜遅くになってからだった。冷蔵庫の稼働音だけが響く部屋に入り、電気をつける。すると泥棒が一瞬体をビクつかせた。少女は暗い部屋の隅で膝を抱えていた。
「…電気、つけてもいいんだぞ。」
泥棒は荷物を置きながらそう言った。
「勝手につけたら怒られるかと思って…。」
少女はためらいがちに答えた。泥棒はため息をつきながら、暖房のスイッチを押した。暖かい空気が部屋を巡る。
「迷惑だなんて思わん。」
台所に立ち、夕飯の用意を始めた。
「…この部屋でくらい、好きにしろ。」
少女に背を向けたまま呟いた。
「…うん。」
少女はその言葉に小さくうなずいた。
数日後、泥棒がテーブルで本を読みながらコーヒーを飲んでいた。
「…何だ。」
少女は何も言わず、背後に立っていた。
「……何でもない。」
そう言うと部屋に戻っていく。このやり取りが何度か続いた。数日後、
「…何だ。」
「……この服、ダサい。」
その服は泥棒が少女用に、と適当に買ってきたものだった。
「そうか。」
泥棒はコーヒーをすすった。
翌日、泥棒が夜に帰ってくると部屋が掃除されていた。
「掃除したから、この服買ってきてください。」
少女は泥棒にチラシを差し出した。それは服屋のチラシで丸印が付いていた。泥棒が部屋を見渡すと本棚は整頓されていて、コーヒーカップも洗われている。床にはほこり1つ落ちていなかった。ため息をついて
「…わかった。」
と言った。翌日、泥棒は外に出たついでに服屋に寄って、目的の服を買って戻ってきた。
「ありがとう…!」
と少女は目を輝かせていた。
数日後、
「家事代だ。」
と泥棒は言って、数枚の千円札を机に置いた。
「これでやりくりしろ。」
さらに数日後、
「ねぇ、これ買ってきて!」
少女はいくつか丸印のついたチラシとお金をテーブルに置いた。
「またか…。……印、増えたな。」
泥棒はチラシを横目で見て、面倒臭そうに答えた。
「私のお小遣い渡してるでしょ!あと、私が外に出て見つかってもいいの?」
泥棒はため息をついた。
「…お前、最初の大人しさはどこに置いてきた。」
「あの家。」
ある日、少女は1人でテレビを見ていた。泥棒は3日間、仕事のために家を留守にしていて、今日の夕方に帰宅するらしい。お昼の番組を何気なく見ていると、近くのケーキ屋が特集されていた。たくさんのフルーツが乗ったケーキをテレビレポーターが美味しそうに食べている様子が映っていた。少女は画面から目が離せなくなった。
(おいしそう…。泥棒さん、甘いもの嫌いって言ってたっけ……?)
少女はテレビと玄関を何度も見比べた。そして立ち上がり、泥棒のメガネを手に取り、帽子を被り、マフラーを巻き、カバンを持って、扉の前に立った。
(少しぐらい、大丈夫だよね…?)
ドアノブを握りゆっくり扉を開けた。
自由に外に出るなんていつ以来だろう。泥棒にあの家から連れ出された日は、外を満喫することなんてできなかった。辺りをキョロキョロ見渡しながら、記憶を頼りに目的のケーキ屋に向かった。目的地に着いた時にはお店の外まで行列ができていて、最後尾に並んだ。
(泥棒さん、喜んでくれるかな。)
行列が少しずつ短くなるたび、胸が弾んだ。
ようやく少女の番になった。ショーケースに並んだケーキはどれもきらきらしていて、おいしそう。しかし、少女の目的はあくまで、テレビで特集されていたケーキ。他のケーキに目移りしながら、フルーツがたっぷり乗ったケーキを指さした。
「このケーキ、ください!」
「ありがとうございます。メッセージプレートはお付けしますか?」
「えっとじゃあ、どろ…。」
泥棒さんへと言いそうになるところを押さえて
「やっぱり、大丈夫です!」
とあわてて首を振った。
(泥棒って書くの変だもんね。)
少し考えてから、口を開いた。
「…あの、メッセージカードみたいなものってありますか?」
少女は店員に聞いた。
笑みを浮かべてケーキを受け取り、お店を出ると冬の空は暗くなり始めていた。少女は外を探検したい気持ちもあったが、真っ直ぐにアパートに戻ることにした。ケーキ箱を胸に抱え、崩さないよう慎重に歩き出した。
アパートまであと数分となった時、突然、腕を掴まれた。ケーキ箱が地面に落ちた。
「君、茜ちゃんだよね?」
知らない男が少女の顔を見ながら、名前を呼んだ。
泥棒はアパートへの道を歩いていた。薄暗くなった道の端にケーキ箱が落ちていた。こんな所にごみ捨てやがってと思いながら箱を拾うと中身が入っており、箱の隙間からカードが滑り出た。足元に落ちたそれを拾い上げると、そこには『泥棒さんへ』と書かれていた。泥棒はそれを見て歩く速度を速めた。扉を開けると、電気も暖房も付いておらず、誰もいなかった。テーブルを見ると少女の筆跡で『出かけてきます。』とメモが残されていた。泥棒はメッセージカードを握り締めた。
「違う!私は、あの家の子どもじゃない!」
と少女は男に訴えたが
「家出した子どもはみんなそう言うんだよ。」
と言い、腕を引っ張られ、近くに停めてあった車に乗せられた。少女は車内でも叫んでいたが
「危ないから静かにしてなさい。」
男は静かに言い、車を走らせた。
数分後、少女を乗せた車は豪邸の前に停まった。少女は車から出たくないと抵抗したが、男の力は強く、引っ張り出された。男が玄関のチャイムを鳴らす。
「…はい、どちら様?」
聞きなれたあの人の声が聞こえた。少女の体はこわばった。
少女を見つけた男は母と短く報酬のやり取りをしていた。男は母が雇った探偵らしい。
「もう家出してはだめだぞ。」
と言い、男は去っていった。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」
母は眉を下げて、男を見送った。扉が閉まると少女の前でしゃがんで
「おかえりなさい。」
と少女を抱きしめた。少女が母の行動に困惑し、固まっていると首筋がチクリと痛んだ。
「もう、逃がさない。」
力が入らない。意識が曖昧になっていく。少女は床に倒れこんだ。意識を失う前に見た母の顔は頬を上気させて、笑っていた。
少女は目を開けた。見慣れた天井が目に映る。起き上がろうとしたが起き上がれない。体を見るとベッドに体が縛り付けられていた。突然、腕に痛みが走った。母が少女の腕にチューブを刺しているところだった。
「やめて!!!」
少女は声の限り叫んだ。
「あ、起きたんだ。」
と母は言い、ベッド横の機械を慣れた動きで操作していた。チューブの中を少女の血液が流れ、空気に触れると固まり、籠に落ちていく。乾いた音が部屋に響いた。母は満足そうにうなずき、少女に向き直った。
「何で逃げ出したの?」
「お母さんがどれだけ心配したと思っているの?」
「こんな豪邸に住めて、何が不満だったの?」
矢継ぎ早に問いただした。少女は何も答えなかった。母はため息をつき部屋から出て行った。
機械の稼働音だけが響く、薄暗い部屋で少女は唇を噛み締めながら静かに涙を流した。部屋の上部にある窓から見える空はすっかり暗くなり、月明かりが入ってきていた。すると窓が陰り、
「馬鹿なことしたな。」
と泥棒の声がした。
「泥棒さん?…ごめんなさい。…私、勝手に外に出て、捕まって…。」
少女はベッドの上で答えた。
「ここから出たいなら、自分で出て来い。そこの扉の鍵だけは壊しておいた。あとはお前次第だ。」
泥棒は姿を見せずにそう言うと窓を割り、ナイフを少女のベッドの上に投げてきた。それはちょうど少女の胸のあたりに着地した。
「…いつもの元気はどうした。」
と言い、窓から去っていった。少女は割れた窓とナイフを見つめ、
(言いたいことだけ言って、あの人は。…まぁ、あの人らしいか。)
「泣いてなんていられない。…よし。」
少女はナイフを口にくわえた。そしてそれで拘束具を切ろうとした。体を思い切り捻り、腕にナイフを当てた。何度か顔を動かしてナイフを前後させると、僅かに切れ目ができた。そして腕に思い切り力を込めた。拘束具は裂け、自由になった手で胴体と足の拘束も解いた。少女はベッドから体を起こした。腕に刺さったチューブをためらいなく抜いた。腕のチューブ跡から結晶が一粒できて、床に落ちた。
少女はベッドから降りて立ち上がった。血を抜かれたことでふらつく足を叩き、部屋の隅に向かう。そこには少女が持っていたカバンが置いてあった。そこからマフラーを取り、首に巻き付けた。他の荷物もカバンに詰め込んだ。
「これは、もういらない。」
と呟き、籠に貯まった結晶も全部カバンに突っ込んだ。少女は扉の前で立ち止まり、深呼吸した。
「帰ろう。」
ときっぱり言って扉を押した。ゆっくりと開いた。少女は玄関に向かって走り出した。
少女は走りながら、自分の体がこうなってしまってからの、自分と母が過ごした日々を思い出していた。
――――5年前――――
ある日、学校から帰ってくると母はやけに上機嫌だった。
「どうしたの?」
ランドセルを置きながら母に聞くと
「あの石を宝石って言って、試しに売ってみたら高く売れたの!」
と満面の笑みを浮かべていた。
「今日の晩ご飯はお寿司に行こうか!」
久しぶりに2人でお寿司屋さんに行った。
「いっぱい食べていいからね。」
母はにっこり笑って言ってくれた。お寿司をお腹いっぱいになるまで食べるのなんて初めてだった。お腹がはちきれるほど食べて苦しくなってしまった。でも母も笑っていて、幸せだった。
それから、私たちの食事は豪華になり、欲しかった洋服がたくさん買えるようになった。それに従って、私の腕には傷が増えていった。最初は2週間に1回だった血を採る行為が1週間に1回となり、3日に1回になった。採る量も少しずつ増えていった。
ある日、学校の朝礼で体育館に立っていた時に倒れてしまった。保健室に連れていかれ、保健の先生に
「ひどい貧血だね。今日は帰ってゆっくり休んでいなさい。お母さんに連絡入れておいたから。」
と言われた。数分後、母は慌ててやってきた。
「茜、大丈夫⁉」
母は私を抱きしめた。先生たちは過保護な母親だなと思ったに違いない。私は学校から早く帰れることを少し喜んでいた。
翌日、母が
「今日は学校休もう。」
と言った。私は昨日休んだおかげで、体はもう何ともなかった。
「なんで?」
と聞くと、
「あなたの体が心配だから、念のためよ。」
と微笑んでいた。それから数日間、学校に行けなかった。でも、血を取る作業は続けられていた。数日ぶりに登校すると、みんなが心配してくれていた。久しぶりの学校は楽しかった。休日を挟み、月曜日の朝。
「今日は休みましょう。」
突然そう言われた。続けて
「お母さん、お金に困ってるの。あなたの面倒も見なくちゃいけないし。だから、手伝ってくれるよね?あなたのためでもあるのよ?」
私はうなずくしかなかった。母は私を見ているようで違う何かを見ているようで、その笑顔が怖くなった。それから学校に行けなかった。
数日後、学校から先生がやってきた。母は玄関で私が病気になったと言っていた。私はそれを部屋の中で聞くことしかできなかった。ドアを開けようとしても、腕のチューブがそれ以上進むのを許さなかった。
数日後、私たちは高級住宅に引っ越した。
「ここがあなたの部屋よ。」
と母に言われ、ベッドと冷蔵庫と小さなテレビがあるだけの部屋に入れられた。そして足かせを付けられ、扉が閉められた。
――――――――
玄関に向かう少女の前に母が立ちふさがった。
「あんた、何でここに…。鍵はどうしたの!」
少女は母を前に怯みそうになる気持ちを押し殺し、マフラーを握り締めて言った。
「知らない。…そこどいて、私は帰るの。」
母は少女が言い返したことに驚いていた。
「何で逃げるの?ここにいれば、あんたの好きなもの買ってあげる!」
その言葉にあきれてため息をついた。
「私がここから逃げた理由もわかんないのか…。」
少女は母の顔をにらみつけ、言い放った。
「…あなたが大切なのは私じゃなくて宝石の方でしょ!」
カバンから血の結晶を取り出した。そしてそれを思い切り床に叩きつけた。
「私はあなたの道具じゃない!!!」
母は結晶を必死になって拾い始めた。少女は玄関の前でその様子を見ていた。
「さよなら。お母さん。」
少女はタクシーで泥棒の住むアパートに辿り着いた。着いた時には空は白み始めていた。扉の鍵は開いており、中に泥棒がいた。優雅にコーヒー片手に本を読んでいた。
「ここが一番落ち着くから、しばらく置いて。」
泥棒は本を置き、言った。
「…仕方ねぇな。」
そして立ち上がり、少女の前に立って
「おかえり。アカネ。」
と言って頭をぽんぽん叩いた。少女は目を丸くした。泥棒は背を向けていた。
「…うん、ただいま。」
――――エピローグ――――
「俺は甘いものが嫌いだ。」
「なんで⁉おいしいのに!」
冷蔵庫を開け、そこから側面が凹んだケーキ箱を取り出した。
「だから、これはお前が食え。」
「これって、昨日の…。」
「昨日は寒かったからな。食っても大丈夫だろ、多分。」
少女は箱からケーキを取り出し、切り分けずにそのままフォークを刺した。
「美味しい!泥棒さんも食べなよ。フルーツいっぱいだから甘すぎないよ。」
泥棒は横目でケーキをちらりと見て、差し出されたフォークを受け取った。一口分切って口に運ぶ。
「悪くないな。」
泥棒はそう言った。少女の笑い声が部屋に響いた。




