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ある引きこもりの欝屈

見よ。これがネガティブの権化なり。

 自分は、よく逃げる人間だ。

 何でこんなに弱虫なんだろう。何度も何度も自分自身に聞いた、だけどちゃんとした答えはとうとう出てこずじまいだった。

 そのたびに自分は、自分自身を嫌いになって行った。

 そうして、今日も夜が明ける。

 夜中に眠る事をやめてから、もう半年以上の年月が経過していた。真っ暗闇には恐怖しか浮かばない、ならばいっそのことと、眠ることをやめて時間つぶしに終始した。

 もちろんこれほど愚かなこともない。夜眠らなくて、人間いつ休むというのだ。

 すぐに昼間の活動に支障が出た。自分は学校に行かなくなった。 

数少ない友人がいてくれたサークルの仕事も投げ出し、顔すら出さなくなった。始めのうちはうるさく鳴り響いていた携帯電話も、電池パックを抜いてからはすっかりおとなしくなった。

はじめのうちこそ訪ねてくれた友人もいたが、この頃はとんと、アパートのドアをたたく者もいない。

 そうとも、自分は人間の屑である。

 何故生きているのだろう、自分自身の力で生きているわけではないというのに。その負い目が、また自分を追い詰める。

 自分は屑だ。自分は醜い。自分は人より劣っており、故に孤独だ。

 そんな思いから、解放されることがない。常に、常に。寝ているときと食事のとき以外。正気でいる間ずっと。

 すぐに人目が気になってしょうがなくなった。

 ついでに、外に出歩く気すらもなくなった。

 一方自分の目の前には、それ一枚で世界の裏側まで映し出す魔法の画面がある。

魔法というのはいささかいいすぎであったが、つまりはパソコン一台、インターネット一本あれば、人間は永遠の退屈から救われることを学んでしまった。

 そうとも、電子の画面を手に入れたことにより、人間は重い書物にうずもれる必要性から解き放たれ、世界中の人間で一つの図書館を共有することが出来るようになったのである。

その果実を受け取らずして、誰が現代人を名乗れるというのだ。

 ――そんな理屈をこねくり回している間だけは、自分が背負っている罪の重さに無自覚でいられる。

 現実を忘却し続けることが、何よりも幸せだと感じてしまう。

 自分は結局その程度の人間だった。

 その認識は多分一生変わることはない。

 この狭い部屋の外に自分が活路を見出さずにはおれなくなるまで。

人間の扱う情報には、二種類ある。

 一つは、人間が自分自身で手に入れてきた情報、つまりは一次情報という奴だ。となればもう一つの名前は二次情報と決まっている、つまり他人が収集してきた情報の又聞きである。

 自分は、本好きな人間である。小さなころから、ずっと本とばかり付き合ってきたし、いわゆる読書狂としての、自覚やプライドのようなものも持っている。

 そのプライドというのは、自分の脳みその中身、つまり、これまでの人生全てをかけて集めてきた知識の量に対するプライドとしての側面も、持っている。

 もちろん専門分野となればとても専門家にはかなわないが、それでも、客観的に見て一般の同世代の人間よりはよっぽど物知りな人間であるはずだ、自分は。

 そんな自分にとって、自由に使えるインターネット回線を手に入れられたということは、願ってもない奇跡と同義だった。どれだけページをめくっても尽きることのない本を、寝床から数歩もあるかない場所に置いておくのと同じことだ。自分がこの不思議な書物の魅力にはまりこむまで、ひと月もかからなかったと思う。

 そう、そんな自分だから。自分だから、自分の中にある二次情報の蓄積量は、絶対に他者の及ばないところにあると自負できる。テキストチャットを用いてなら、大抵の話題には、ついていけるはずだ。あくまでも書面を通してなら。

 しかし、そうやって本とばかり仲よくしていくデメリットに、子供時代の、青少年時代の自分は気づくことが出来なかった。

 今になって、まともに他人とコミュニケーションが取れないことに気がついた。周りの人と話すことが出来ない。表情も乏しい、見た目にも気なんか使わなかったから引け目ばかり。まともに人と話した時間が、人生の中で何時間あっただろうか。

 他者と比較して、圧倒的な、一次情報の不足。

 木登りのやり方を知っていても、実際に気に昇れる腕力がない。逆上がりの仕方は分かっているのに、どう身体を動かせばいいのか、筋肉が把握していない。

 一人では、好きなことすら続けられない。どうせその程度。

 そのことへの気づきが、これまでプライドに凝り固まってきた自分を根底から揺るがした。天狗になっていた鼻を、根元からへし折られたといってもいい。

 一方的に話を聞くことはできても、集団行動が出来なくなっていた。出された課題から、自ら学びとることが出来なくなっていた。

 コミュニケーションがまともに取れない人間であった自分にとって、社会生活は牙を剥く怪物と同じに見えた。

 もしかしたら、大学に合格した日に、全ての気力を使い果たしてしまっていたのかもしれない。惰性でくすぶっていた火種は、今では小さな燃え滓にになって部屋の隅に転がっている。

 今ではただ、貝のように口を閉ざして、何を聞かれても首を横に振るだけの駄人間が自分である。

本当にそれだけである。

 何の展望も見えない。

 動けない。


たった一人で裸踊りしているようなものでした。

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