『北川古書店』【12】未来の約束
北川古書店の贈与が完了し、勇と洋子は新たな地・松本への旅立ちを迎えます。綾乃と雅人の心にも、確かな未来への約束が芽生えていきます。
『北川古書店』【12】未来の約束
「土地と建物の贈与の手続きを終えたら、松本に安心して行けるって言ってたから」
「じゃあ、その手続きをお願いするよ」
「雅人、それでいいと思います」
ふたりの決断に、絆は一層強まっていた。季節はすでに十月も終わろうとしていた。
その日、勇さんが洋子さんと一緒にやって来た。
「綾乃さん、こんにちは。どら焼き、買ってきたよ」
「贈与の手続きは昨日終えた。北川古書店は、雅人に頼むことにしたよ」
「……そうですか。ありがとうございます」
四人が揃い、綾乃がお茶の支度をする。
「お似合いのカップルだね」
そう言うと、綾乃が「何のこと?」と言いたげな顔でこちらを振り返った。
翌年の一月二十日、松本の家の改築が完成し、いよいよ勇さんと洋子さんの引っ越しの日となった。
古書店の二階から、業者が荷物を運び出している。
「段ボールは下に置かないで。まだ中身を書いてないの!」
洋子さんが大きな声で指示を飛ばしている。
雅人は箱に品名を書き、封をしていた。そこに綾乃がやって来た。
「お手伝いに来ました」
「洋子さんの荷物は?」
「もう、トラックの一番前に積み終わったよ」
「明日には松本に着くんだ。綾乃さん、手伝いに来てくれる?」
「えっ……いいんですか? 松本は初めてなんです」
「じゃあ、一度家に戻ってご両親の許可をもらって。必要なものは持ってきて。部屋は別々に予約してあるし、MINIで行くから」
綾乃は慌てて帰っていったが、二十分ほどで小さな荷物を持って戻ってきた。
雅人は嬉しそうにその様子を見ていた。
荷物を載せたトラックが出発し、MINIも松本へ向けて走り出した。
玉の湯に到着したのは、夕方六時を過ぎていた。三部屋を予約してあった。
「温泉に入ってからの夕食を、引っ越し祝いの前夜祭にしましょう」
四人分の個室での夕食。酒豪揃いの宴はにぎやかだった。
「綾乃、雅人、ふたりは結婚しろ」
と、勇さんが口火を切り、
「そうだそうだ」
と、洋子さんが応じる。
ふたりは顔を赤らめて下を向いていた。
「ごめんごめん。決めるのはふたりだからな」
宴は続き、楽しい時間が流れた。
翌朝、女鳥羽川のそばに建つ洋子さんの新居へ。松本城の天守がちらりと見えた。
十時ちょうどにトラックが到着し、業者が手際よく荷物を運び入れる。
洋子さんは段ボールに書かれた中身を確認しながら、的確に指示を出していた。
午後三時には作業が完了した。
「ふたりとも、もう一泊していったら?」
「綾乃さん、日曜には帰るって言ってたので、今日は戻ります」
別れ際、
「結婚したら、必ず遊びに来てね」
と念を押された。
「温泉は楽しかったね」
「観光もせずに帰るけど、ごめんね」
「また来ましょう。今度は霧ヶ峰にも行きたいし」
MINIは新十条へと向かって走り出した。
新たな暮らしの始まりとともに、綾乃と雅人の関係も少しずつ育まれていきます。北川古書店の物語は、次の季節へと静かに歩み出しました。